蔵書探訪・蔵書自慢 9
金沢工業大学「工学の曙文庫」1

金沢工業大学において1982年に創設された「工学の曙(The Dawn of Science and Technology)文庫」は、その名が示すように、グーテンベルグが活版印刷術を実用化して以降、現在までに出版された、工学・科学技術を創造してきた重要業績の初版本を蒐集したレア・ブック(rare book・きこう稀覯書)コレクションである。金沢工業大学(以下、本学という)がこのようなコレクションを創設した動機は3つあった。

工学・科学技術の稀覯書蒐集の意義
その第一は本学のプライヴェートな動機で、1982年に従来の大学図書館とは異なる全く新しい構想で、当時まだ揺籃期にあった図書館ITを駆使したハイ・テック・ライブラリーとして本学に設置された金沢工業大学ライブラリーセンターにおいても、われわれの文化における情報の原点は、やはりエクリチュール、書物であることを忘れてはならないということであった。すなわち、この新しいライブラリーをシンボライズするものとして、その中心には工学・科学技術を創造し築いてきた書物が置かれるべきである、とされたのである。
第二の動機は本学のミッションに基づくものである。本学はわが国の産業を支える中堅工学技術者の養成を任務としている。ところで、実用的目的を持つ工学技術は、純粋科学とは異なって、意図的(軍事技術など)にはもちろん、無意識的、無意図的であっても、人類に災厄をもたらす可能性は常に存在する。したがって、科学技術が持つこの危険性の認識とその実践に当たっての倫理性が、本学の教育過程に組み込まれなければならない。おそらく本学は、わが国の工科系大学において、科学技術史および科学技術倫理教育を全学生に対し必修で課している唯一の大学であろう。こうした危険性と倫理を認識することは歴史に学ぶにしくはないのであって、この教育のバックボーンをなすものとして本文庫が設置されたのである。
第三の動機はいささか烏滸がましいが、ナショナルなものである。観方はいろいろあるであろうが、明治維新以来、わが国は技術立国で国家を維持、発展させてきたことは、疑いのないところであろう。そうしてこの技術立国は、もちろん西欧の科学技術を移入し学び、換骨奪胎し、組み替え、新しい発想を付加して行なわれてきたわけであって、その基礎には、厳として西欧科学技術が存在しているのである。それなのに、わが国には、この西欧科学技術の軌跡を体現している科学技術稀覯書コレクションは存在していない。西欧科学技術を賞揚しその恩恵に感謝するためにも、西欧と同様にわが国においても、このようなコレクションが一つはあるべきだと本学は考えたのであった。

蒐集の体系性こそが本文庫の特徴
本文庫の蒐集は1977年頃から開始され、コレクションの構成と蒐集が筆者に命ぜられたわけだが、構成を検討してすぐに解ったことは、一つの業績が常に先行諸業績を踏まえ、それを超克して創造されてくるという科学技術領域の性格からして、この蒐集は体系的に行なわなければ意味がないであろうという、至極あたりまえのことであった。そこで1450年頃から20世紀前半までに至る間に、どのような科学技術領域でどのような書物や論文が出版され、それらがどのように相互に影響し合ったのかを調べ、500点くらいの出版年表というかクロノロジカルな科学技術書誌目録を作成した。この500点が総て蒐集できれば言うことはないわけだが、蒐集できないものが多数あったにしても、これに基づいて蒐集を行なえばコレクションの体系性そのものは保証できると考えたのである。
こうして5年ほど蒐集を続けた後、この書誌は、主要な蒐集書の解題を付した上で、和英対訳の目録『The Dawn of Science and Technology』と題して、1982年に出版された。出版後もこの書誌目録に基づいて蒐集を続けたわけだが、蒐集経験を積んでくると目録の不備や偏っている点などが徐々に解ってきたので、1988年に書誌と解題を増補して、『世界を変えた書物・解説・年表』と改題して出版し、以降はこの目録に沿って蒐集を続けたのである。

書誌情報を増補・拡充
蒐集を続けるうちに、筆者の手元には、科学技術書コレクターや図書館の科学技術稀覯書コレクションの目録、サザビーやクリスティーズ等の競売会社の行った稀覯書オークション目録、とりわけ世界各国の古書店の発行している目録が、多数集まってきた。もちろん古書店の目録に載っているものは玉石混交なわけだが、こうした目録に載っているものから重要なものを抽出してデジタイズし、科学技術書データベースをつくれば書物の探索に便利であろう、と考えるに至ったのである。さいわい国の科学研究費補助金を受けることができて、約6000点あまりの書誌を収載した「科学技術稀覯書日欧対訳データベース」を構築することができた。さらにこの中から重要なもの2400余点を選んで、1999年に『工学の曙―世界を変えた書物・解説・年表・改訂増補版』を出版して、以降はそれに基づいて蒐集を続けている。現在、この目録にさらにその後の知見にしたがって300点余りを増補した新版を、本年(平成18年)3月に出版する運びになっている。
つまり、蒐集の体系性を維持するためのツールとしての編年体書誌目録の整備を現在も続けているわけだが、この体系性を保っていることこそが、この文庫のユニークさになったのであった。では、その体系性とはどのようなことなのだろうか。

ウィトルウィウス建築論蒐集における体系性
ウィトルウィウス建築論の例をとれば、ウィトルウィウス『建築十書』にあっては、スルピティウスの編集したその最初の刊本(1486年頃、初版、ローマ)と二番目の刊本(1496年、初版、フィレンツェ)は残念ながら所蔵していないが、三番目の刊本(1497年、ヴェネツィア)は所蔵している。このスルピティウス版のテキストの不充分さを正し、初めて大量のイラストレーションを付して、それ以降の建築書の形式を決定したのは、フラ・ジョコンド(1433年〜1515年)編のウィトルウィウス『建築十書』(1511年、初版、ヴェネツィア)である。さらに、ラテン語が読めなかったレオナルドやブラマンテのような美術家、建築家のために、チェザリアーノ(1483年〜1553年)が行なった最初のイタリア語訳版『建築十書』(1521年、初版、コモ)が出版され、パラーディオが協力し図版を提供して、実際のローマ建築遺構調査結果とウィトルウィウス建築論との整合を試みた注釈を付けた、バルバロ(1514年〜1570年)編訳のイタリア語版『建築十書』(1556年、初版、ヴェネツィア)が出ている。このバルバロの版が、イタリアにおける『建築十書』の決定版と言って良いのである。
同時に、ウィトルウィウス建築論の影響のもと、ウィトルウィウスを超克しようとする初めての試みであり、建築書の最も早い出版であったのは、アルベルティ(1404年〜1472年)の『建築十書』(1485年、初版、フィレンツェ)である。ウィトルウィウス建築論の文学的解釈にしてルネサンス期の最も美しい書物と言われるコロンナ(1432/33年〜1527年)の『ポリュフィルス狂恋夢』(1499年、初版、ヴェネツィア)など、ルネサンス建築家、人文主義者自身の建築書の出版も開始された。
本文庫には、ここで挙げた建築書は最初の2件を除いては全部所蔵しているが、さらに、こうした15世紀末に始まって現在にまで連綿として続いている建築書出版の流れが、一応の起承を以て、すなわち一応の体系性をたどれるような蒐集がなされている。もちろん、蒐集は現在も続けられていて(この最初のウィトルウィウス2件ももちろん探索中である)、これからも本文庫は成長していくであろう。

竺 覚曉(ちく・かくぎょう)
(「すまいろん」06年春号転載)