猟書−文献探索のたのしみ 8
情報の混沌と書物 たとえば「街」と「建築」について

情報化社会を迎え、活字離れ、出版不況という状況のなかでも、本屋さんに並ぶ新刊書の量には夥しいものがあり、とくに一般向けのものが目につく。一方、専門書といわれる書物は、出版不況そのもので、刊行されても大規模な書店でなければ求められない。しかし、専門書の新刊が少なといっても、年年の刊行によって、その量は当然、蓄積されていく。
書物のような印刷物以外の情報媒体が飛躍的に発展し、マスメディア、マルチメディアと進んできた。さらに、インターネットが普及したことで、さまざまな情報が個人的に発信され、情報の混沌状態へと進んでいる。その上、電子本(eBook)、デジタルアーカイブなども実現に向かっている。グローバルな国際社会、情報化した世界ではどんな分野でも蓄積されてきた情報を完璧に把握するには多大の努力を必要とするようになった。参考にしたい文献が、専門領域にとどまるのであれば、その努力はなんとか報われよう。ところが、専門領域をはみ出して、学際的な研究、異分野にまたがるような研究では、その限界がどこまでも果てしなく広がってしまう。
筆者は常々、「街」というスケールで「建築」を見たい思っているのだが、研究対象が広がり、文献探索に頭を悩ませている。芦原義信『街並みの美学』(岩波書店・1979年、現代文庫で復刻)は、その分野の先駆的な著書である。世界の街並みの特徴を論じ、その美しさを縦横に語っている。このような博識な本が存在すること自体に、ただただ感嘆するばかりである。

●とにかく文献を探す
書物は古来より馴染みがあり、その内容の信頼性は安心して受け入れることができる。書物の探し方は、必要に迫られて読まなければならなくなった場合と、関心があるから読んでみようと思った場合とで随分と異なってくる。前者の場合は、著者名、署名、雑誌名、号数、記事名などが明確であれば、図書館や本屋で、コンピュータで検索して、蔵書や在庫の有無を短時間で確認することができる。文献目録から関係ありそうな文献名を抽出して、後日、図書館に行くこともある。
後者の場合は、開架式の図書館や、本屋で、関心のある分野の書名や、著者名の本を棚から手にとって、部分的に拾い読みして、興味が湧いたら、借りたり、購入することになる。図書館や、本屋に行くことを億劫がらないことである。
インターネットのホームページも、時折、調べてみる。研究成果の速報性はネットの電子情報にかなうものがないからである。また、個人的な関心から、特定のテーマを取り上げて、さまざまな観点から興の向くままに記述しているものもある。情報が、多彩な形で、中には専門的な内容のものもある。また、関連情報のあるウェブ・サイトにリンクが張られ、網目状に追跡できる。ともかく、リンクをたどれば、迷宮をさまようようなものである。強力な検索エンジンがあるといっても、種々雑多な情報が玉石混淆の状態である。これこそが情報の混沌といえる。

●「街」と「建築」といったテーマで
街とは、住居・建築、街区、道路、広場などの集合体であり、このようないくつかの街を包み込んでいるのが都市や集落である。日本は、都市・建築の近代化が既存の街に及ぶとき、これまではその地域の歴史的・文化的環境をスクラップ・エンド・ビルドということで取り壊す場合が多かった。しかし、住みやすさとは、施設が新しければ良いというわけではない。経済効率に縛られなければ、近代的なものと歴史的・文化的なものとの融合が考えられる。
日本のみならず、アジア、ヨーロッパなど世界各地には魅力的な都市や集落が存続している。そのような都市や集落での街の事例は、それぞれに特徴があるとともに、類型的な事象も認められる。街は、生活の場を基本にしつつも、生活をエンジョイさせる仕掛けであふれている。アミューズメント、ショッピング、食べ歩き、さらに、街並み、建築などのウォッチングも専門的というより、一般的になってきた。こうなると街は観光の対象と変わらない。
街という領域がどのような境界内にあるのか、囲壁や川、街路などで歴然と区画されていれば明確である。しかし、大都市では街は、街から街へと連続している。行政的な「町」とは同一に考えられない。用途地域制に基づけば、住宅街、商店街、工場街といった姿が見えるのだが、実際は住宅と商店が混在している市街地は多い。近年、まちづくり運動が、官・民で活発であるが、居住環境の整備、商店街の振興策、歴史的景観の保全、住民参加のイベントなど、その目的は多岐にわたっている。
「街」と「建築」は時・空の変容を抱え込み、「公」と「私」の問題をはらんでいる。このような研究に終わりがあるはずがない。先に記した『街並みの美学』に、長年、啓発され続けて現在に至ってしまった。今、ようやっと、これまで読んできた文献から参考になる著書をいくつか掲げられるようになった。これとて、研究対象の参考文献としては氷山の一角に過ぎないであろう。街を歩きつつ、情報の氾濫に立ち向かわなければならない。

鈴木 賢次(すずき・けんじ)
(『すまいろん』03年夏号転載)

●「街」と「建築」に関する文献の一部(和書)(参考図書リスト) (「*」が付いているものは図書室で所蔵しています)

編著者名 タイトル 出版者 出版年
* 増田四郎著 都市 ちくま学芸文庫 1994
* ルイス・マンフォード、生田勉訳 歴史の都市 明日の都市 新潮社 1969
* カミロ・ジッテ著、大石敏雄訳 広場の造形(SD選書175) 鹿島出版会 1983
* ル・コルビュジェ著、生田勉・樋口清訳 伽藍が白かったとき 岩波書店 1957
* ケヴィン・リンチ著、丹下健三・富田玲子訳 都市のイメージ 岩波書店 1968
* バーナード・ルドフスキー著、平良敬一・岡野一宇訳 人間のための街路 鹿島研究所出版会 1973
* 芦原義信著 街並みの美学 岩波書店 1979
* クリストファー・アレグザンダー著、平田翰那訳 パタン・ランゲージ 鹿島出版会 1984
* P.パヌレ他著、佐藤方俊訳 住環境の都市形態(SD選書220) 鹿島出版会 1993
ヤン・ピーパー著、和泉雅人監訳 迷宮−都市・巡礼・祝祭・洞窟 工作舎 1996
エドワード・レルフ著、高橋岳彦他訳 都市景観の20世紀 筑摩書房 1999
* 藤井明著 集落探訪 建築資料研究社 2000
* 矢守一彦著 都市図の歴史・日本編 講談社 1974
* 高橋康夫著 京都中世都市史研究 思文閣 1983
* 陣内秀信著 東京の空間人類学 筑摩書房 1985
* 玉井哲雄著 江戸−失われた都市空間を読む 平凡社 1986
* 野口徹著 中世京都の町屋 東京大学出版会 1988
* 材野博司著 都市の街割(SD選書208) 鹿島出版会 1989
* 山口廣編 郊外住宅地の系譜−東京の田園ユートピア 鹿島出版会 1987
* レオナルド・ベネーヴォロ著、佐野敬彦・林寛治訳 図説・都市の世界史1〜4 相模書房 1983
* ヴォルフガング・ブラウンフェルス著、日高健一郎訳 西洋の都市:その歴史と類型 丸善 1986
石鍋真澄著 聖母の都市シエナ 吉川弘文館 1988
* 竹内裕二著 イタリアの路地と広場 上・下 彰国社 2001
* カール・グルーバー著、宮本定行訳 図説・ドイツの都市造形史 西村書店 1999
* ベシーム・S・ハキーム著、佐藤次高監訳 イスラーム都市 第三書館 1990
陣内秀信・新井勇治編 イスラーム世界の都市空間 法政大学出版局 2002
* 伊原弘著 中国人の都市と空間 原書房 1993
* 陣内秀信他編 北京−都市空間を読む 鹿島出版会 1998