猟書−文献探索のたのしみ 7
請負をひもとき、建設業の現在を知る

●建設産業の現在
建築業界、住宅業界は依然として厳しい状況にある。昨年の建築投資はバブル時のピークの52兆円から30兆円を割り込むところまで落ち込んだ。住宅着工も115万戸で、最近のピークである1996年の163万戸から約30%減った。市場の縮小にともなう工事費の低下も著しく、産業に対する変革の圧力は相当に高まっている。
建築を学ぶ学生の就職活動も、当然、この影響を受けて厳しい状況が続いている。就職活動自体も大学や研究室を通した推薦中心からITによる自由市場へと様変わりしている。狭き門をくぐるため、ネット上の情報に右往左往せざるを得ない。企業が提供するネット上の情報は、一方通行となりがちで、就職した後に重要となるその業界・企業の歴史や風土は伝わりにくい。そのため、入社後のミスマッチもよく聞く。
建設産業研究に関わるものとして、現状への処方箋だけでなく、初学者が建設産業の成り立ちと、そこで求められる知識や技術を理解し、戦略的に学べるような状況を供するのもその役割と考える。それが産業の将来をつくる。

●建設産業図書館の開館
建設産業研究にとって明るい話題もある。昨年11月、建設産業図書館が東京築地に開館した。「建設産業」を中心テーマとする専門図書館で、東日本建設業保証(株)の創立50周年記念事業として開設された。建築・土木・社史・団体史・伝記、建設産業史、工事誌、関連統計、建設業経営等の新旧の書籍約2万冊、雑誌290タイトルが所蔵され、広く一般に公開されている。
建設産業史の研究者である菊岡倶也館長が収集された建設関連の社史・団体史のコレクションも開架されている。また、戦後の建設産業政策に深く関わられた故・古川修京大名誉教授の蔵書、資料類が特設の「古川修文庫」に収められ、目録の整備とともに、書籍、報告書などの一部が開架されている。業界紙のスクラップは昭和20年代からのストックがある。現在、筆者もそれらの整理に関わらせていただいている。
住総研図書室と同様、建設産業図書館も日本建築学会の「建築・都市・住宅・建設産業分野専門図書館」の横断検索システムに参加している。とくに学生やさまざまな分野の若手研究者の方々が、実務の世界との接点として活発に利用されることを願いたい。

●建設業とは?
ここでは、そうした問題意識へのささやかな道案内として、建設業を理解するための文献、資料を紹介したい。
建設業は、1950年に制定された建設業法の『元請、下請その他いかなる名義をもつてするかを問わず、建設工事の完成を請け負う営業をいう』という定義に根拠を持つ。つまり工事の完成を「請け負う」ものと規定している。請負の定義は民法にある。民法は、『請負は当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対して、これに報酬を与えることを約することによってその効力を生ず』となる。つまり、建設工事の発注者は、工事目的物を設計図書等で請負者に明示し、工事一式の代金や工期などを請負者との間で取り決め、その完成に対して報酬を支払う。この工事請負の原型は、近世初期に成立したとされる商習慣にある。
建設産業図書館の第一回企画展示、「わが国初期の一式請負契約文書−『南宮大社文書』にみる」の配布資料に、南宮大社三重塔の請状奥書がある。この文書は、請負、とりわけ現代のゼネコンやプレファブメーカーのビジネスモデルである一式請負の誕生当時を伝える貴重なものである。

●ビジネスモデルをひもとく
請状は、『惣代銀合せて七拾貫目也。右、南宮三重之塔御造営諸職の分に目論見、右の代銀に相究め、注文指上げ申し候処に、万事一式に仰せ付けられ候条、慥に御請け申し候。随分念を入れ、来年七月以前に急度仕立上げ申すべく候』と始まる。
一式の工事費と工期が示され、請負としての基本的な用件をまず満たしている。文書中に具体的な施工法等の指定はなく、請負者の裁量による下請の管理等の良否が工事の経営を左右する。言外にその「リスク」は請負側にあることが示されている。
もし、降雨や強風で平日の作業日が減れば、日曜日を作業日に充てるのはこのビジネスの必然であり、工期1年の工事で毎週土曜日を休みとすれば、それだけで後期は1年半延び、工事獲得の機会が減る。ただし、管理がうまくいけば利幅は拡大し、それは請負者のものとなる。こうした建設業の特性はこの頃から不変のはずである。
また、『御意に入らざる所は何ヶ度も、御好み次第に仕直し申すべき候』とあり、顧客満足度を追求する現代の品質管理にも通じる考え方がやや過剰に表明されている。請負者にとって発注者の要求はリスク要因でもあり、結果的にそれを吸収するために請負側の希望する工事費はエスカレートしがちである。結果、バブル崩壊後、過剰品質と高コストは建設業の克服すべき課題の一つともなった。
また、『大工仕事など、悪しく仕り、ゆがみ、ひづみ出来し候時は、縦い五年、三年過ぎ候とも、何も仕直し申すべく候』と、現代の品質保証、瑕疵担保責任に通じる精神が表明されている。また、とどめは、『無沙汰仕り候はば、本人の儀は申すに及ばず、請人とともに、家屋敷、家財残らず召上げられ、曲事に仰せ付けられるべく』とあり、責任重大である。

●ビジネスモデルのゆくえ
過去、現代を問わず、一般に建築工事の履行にはさまざまなリスクが含まれている。契約の履行に関連して起こりうるすべてのリスクを排除して契約すれば、請負というビジネスモデルの必要性は薄れ、請負者であるゼネコンやプレファブメーカーも当然その存在理由を失う。つまり、建築工事に含まれる本質的で適度なリスクの抑制とそれへの対価によって、その業態は成り立っている。
一方、発注者も、信頼のおける請負者を選定すれば、工事目的物の完成に関わる負担や責任は少なく、効率的に目的を達しやすい。つまり、発注者、受注者双方に利益があってこのビジネスモデルは普及した。西洋のシステムが導入される以前に、これはすでに定着していたから、設計者の業務範囲から重層下請制に至るまで、その影響を受けた日本独特のものとなっている。建築教育の内容、我々建築に関わる者のメンタリティ然りである。
ただし、このビジネスモデルの過去も決して盤石であったわけではない。詳しくは述べないが、少なくとも明治初期の西洋建築技術導入期、戦後のGHQ政策下、昭和40年代後半のオイルショック時などに揺らぎはあった。
そして現在、分離発注やCM方式、設計施工一貫方式、PFIなど多様化し、再度選択の時期を迎えている。その背景には、冒頭に述べた市場の縮小のみならず、請負そのものの性質も関わっている。この選択は、今後、請負がそうであったように建築関係者の世界に広く影響する可能性が高い。是非、学生や若手研究者の方々もこの課題を理解して、その判断に加わっていただければと考える。

遠藤 和義(えんどう・かずよし)
(『すまいろん』03年春号転載)