猟書−文献探索のたのしみ 5
古書によるル・コルビュジエ再発見

研究にとって、関連図書の参照は不可欠である。しかしながら、大学や各種の研究機関に所蔵されている書籍は必ずしも十分といえない。私が研究対象としているル・コルビュジエについてもこのことがあてはまる。特に、戦前に発行された図書に関してその傾向が強い。
ところで、ル・コルビュジエに限ってみるなら、戦前の関連図書は意外に多く日本に入ってきており、それらを古書店で入手することが可能である。しかも、フランスで購入するよりはるかに低価格で。つまり、古書店利用は、貴重な原資料の再利用という意味でも有用である。ここでは、古書店で出会ったいくつかの書籍を紹介し、その参照の研究における意味について述べたい。

●『建築をめざして』の場合
実は、先に入手困難とした書籍類の多くは、翻訳されている。私がル・コルビュジエ研究をはじめた25年前でも、多くの翻訳書が出版されていた。しかしながら、翻訳は当然のことながら原書における著者の意図を十分に反映するものではない。ル・コルビュジエについては、さらに固有の問題がある。
第一は、彼の著書、特に1920年代の多くの書籍は、版を重ねるごとに、いくつかの変更が認められるという点である。翻訳書は必ずしも初版を下にしたものではない。たとえば、吉阪隆正訳の『建築をめざして』は1928年出版の第3版以降を下にしていることが明らかである。その点、宮崎謙三訳のほうが初版に近い。したがって、初版発行時の彼の考え方を知るには十分とはいえない。この点は、再版や改訂版にも当てはまる。
次にレイアウトの問題がある。彼の著書はページごとのレイアウトが十二分に計算しつくされている。特に、図版の選択や位置、いいかえるなら、ページの「眺め」が重要な意味を持っている。したがって、改訂版や翻訳における、レイアウトの変更は、出版当時の著者の意図を損なうといわざるをえない。
第三に図版の問題がある。選択される図版の変更はもちろんのこと、仮にオリジナルの図版が掲載されている場合でも画質が著しく低下する。

●『ル・コルビュジエ全作品集』の場合
同書は、1930年の第1巻初版以来、版を重ね、刊行が継続された書籍である。翻訳書も、1979年に出版されており、建築関係者でこの書籍を何らかの形で所有する人も多いであろう。
しかし、この図書の初版、特に第1巻は、流布している第2版以降と著しく異なっている。この書の出版の経緯については、ギルスベルガーの書(Girsberger)に詳しいので、詳細は省略するが、初版はドイツ語版で出版された。したがって、われわれが眼にする3か国版、いわゆるインターナショナル版とは別物である。より正確に言えば、後者は3か国版とするために内容が圧縮されている。具体例を挙げるなら、「シャルイの屠殺場」等の作品が削除されているほか、「三百万人の現代都市」におけるパノラマ透視図も掲載されていない。
特に重要な変更と考えられるのは、「著述家としてのル・コルビュジエ」、「画家としてのル・コルビュジエ」の項の削除であろう。そこでは、『建築をめざして』以降『ひとつの住宅―ひとつの宮殿』へといたる彼の著書6冊が表紙と目次付で紹介されるほか、1929年の絵画作品が紹介されている。ここから、全作品集は当初、建築作品集としてだけでなく、著述活動、画家としての活動も含めたより広範な活動紹介を意図したものであることがわかる。
さらに注意を払えば、「家具と住宅の装備」の項における協力者シャルロット・ペリアンの名の削除が挙げられる。家具製作における彼女の重要性については、現在では常識となっているが、作品集の改変から、家具デザインのオリジナリティをコルビュジエ本人のみに帰そうとする彼の意図が読み取れるからである。
同様の指摘は、第2巻にもあてはまる。その「著述家としてのル・コルビュジエ」では、1930年から31年にかけて『プラン』誌に掲載された10編の「輝く都市」の内容が紹介されている。書籍『輝く都市』の出版に合わせた広告の意味合いを有しているといえよう。さらに同書には、第1巻で紹介された著書六冊に加えて『建築十字軍』までの計8冊の著書ならびに、雑誌『レスプリ・ヌーヴォー』、『プラン』、『プレリュード』に加えて『全作品集第一巻』の紹介も見られる。これらは、広告としての意味合いもさることながら、著作家としての業績を重要視するものとみることができよう。

●『アルシテクチュール・ヴィヴァント』の場合
同誌は、バドヴィシ編集により1923年から1933年にかけて刊行された季刊の建築雑誌である。この雑誌は、コルビュジエだけでなく、フランク・ロイド・ライトやデ・スティール、ロシア・アヴァンギャルド等の当時の前衛建築を早くから紹介した雑誌であり、その図版をまとめた海賊版ともいえるものが、建築家の作品集の形で、洪洋社から数多く出版されている。
同誌には、トラセ・レギュラトゥールと名づけられた彼の設計における方法が体系的に記述された論文が掲載されるほか、アドルフ・ロースの『装飾と罪悪』が再録されるなど、テキストにも貴重な資料が多い。そのテキストの詳細については別にゆずるとして、ここでは図版について注意を喚起したい。
この雑誌も1975年に復刻されている。これを見るとその全貌が理解できるように思える。実は、私もオリジナルを見るまでは、そう考えていた。
同誌の1927年秋冬号は、ル・コルビュジエ特集であり、その図版の中には、彼の建築作品の写真のほか、カラーの軸測図が掲載されている。近年ではカラー印刷が普及し、これらのカラー図版を見ることは稀ではないが、イタリアで彼の図面の一部をカラーで紹介する建築図集が刊行される1970年代後半までは、カラー図版を見る機会は限られていた。その意味で、その復刻版は研究者にとって貴重なものといえるし、カラー図版の色の調子が原資料と著しく異なる書籍が多い中でその色調はかなりオリジナルに近いものである点は大いに評価したい。
しかし、残念なことに復刻では、白く彩色された部分が写真製版のためか紙の地色と区別できないのである。彼が「ポリクロミー」と呼ぶ建築彩色の方法は、全作品集第1巻にあるように、白を基準としているので、彩色を施さず、地の色のままにしておくことでも十分と考えられるかもしれない。ところが、オリジナルの図版を見ると、壁面が白く彩色されていることがわかる。そこには、地の白(たとえば、屋根の部分は地の色のままである)と、あえて彩色された白い壁の区別がある。そこから、彩色における白の重要性、すなわち、白は地ではなく、他の彩色された壁面との関係性において意図的に彩色されたということが見て取れる。これは、現実の建物を見ても読み取れない。オリジナルの書籍(あるいは図面)のみが有する情報といえよう。
その他、古書店では、原書に加えて各種の彼に関する日本の図書にも出会える。それらは、『ル・コルビュジエ 注釈付文献目録』(Brady)には、見られないものであり、日本におけるル・コルビュジエの普及を知るのに欠かせない資料といえる。

加藤 道夫(かとう・みちお)
(『すまいろん』02年秋号転載)

参考図書リスト (「*」が付いているものは図書室で所蔵しております)

編著者名 タイトル 出版者 出版年
1 Le Corbusier 著 Vers une Architecture 2nd edition, Les editions G.Cres 1924
*(邦訳)宮崎謙三訳 建築芸術へ 構成社書房 1929
*(邦訳)吉阪隆正訳 建築をめざして 鹿島出版会 1977
2 H. Girsberger Mes contacts avec Le Corbusier Les editions d'Archuitecture Artemis 1981
3 O.Stonorov und W. Boesiger 編 LE Corbusier und Pierre Jeannuret Ihr Gesamtes Werk von 1910-1929 Verlag Dr. H. Girsberger 1930
(邦訳) ル・コルビュジエ全作品集第一巻 A. D. A. EDITA TOKYO 1979
4 W. Boesiger 編 Le Corbusier et Pierre Jeanneret oeuvre complete de 1929-1934 Editions H.Girsberger 1935
(邦訳) ル・コルビュジエ全作品集第二巻 A. D. A. EDITA TOKYO 1979
5 J.Bdovici 編 L'Architecture vivantes Automne & hiver 1927
(復刻版)Albert Morance 編   Da Carpo press 1975
6 D.Brady 編 Le Corbusier an annotated bibliography Garland Publishing, INC 1985