猟書−文献探索のたのしみ 4
横断的読書のすすめ

いろいろな本とのつきあい方がある。研究者にとっては、専門的な本を読む快楽が約束されているだろう。どんどん奥深く、ひとつのテーマを追求する。そして他の人が知らない、自分だけが構築した世界にたどりつく。

●特定の分野にはそれぞれの図書館がある
筆者も博士論文『新宗教の空間、その理念と実践』をまとめた際、資料があまりにも特殊なために、国会図書館や通常の図書館にはなく、結局、重要なものを閲覧するには各教団と交渉し、その資料室に入るのがてっとり早かった。特に天理教の図書館は、二代真柱の中山正善が本好きだったり、教団の記録を残すことに熱心だったおかげで、各種の資料が非常によく整理されている。請求すれば、かなりのものが閲覧できる。ただし、複写は制限された。天理教が信仰のシンボルとしている甘露台という柱状の構築物を掲載した図版は禁止されている。現物も撮影禁止だ。教団の刊行物には、甘露台の写真もない。また研究途中のある時期から、戦前の資料が複写禁止になった。天理教は、国家神道下の日本で教団を存続させるために、教義の一部を封印したり、国の方針に妥協した経緯がある。ゆえに、それを裏付ける資料が出まわり、天理教批判に使われるのを危ぐしたのではないか。筆者は、研究の意図があくまでも宗教の空間であることを説明し、複写したい箇所はすべて検閲してもらうことになった。ともあれ、特定のテーマがあれば、それに対応した図書館や資料室があるかもしれない。しかし、本を横断的に読む愉しみもある。違うジャンルの本を読んでいても、建築のテーマに接近することは少なくない。

●音楽家が論じた建築
かつて建築と音楽の関係を調べていたとき、音楽の専門書から建築的に示唆されることがあった。幾つかの事例を挙げよう。クルト・ザックスの『リズムとテンポ』(音楽之友社)は、西洋音楽のリズムの通史だが、付加リズムと分割リズムを論じながら、前者に関連してパリのノートルダム寺院に触れていた。時間における付加的なリズムと同様に、ゴシックの大聖堂にも付加的な空間の構成を指摘している。短い記述だったが、彼の時間論は空間論を考えるうえで大きなヒントになった。音楽学者チャールズ・ウォーレンの”BRUNELLESCHI'S DOME AND DUFAY'S MOTET”(“THE MUSICAL QUARTERLY”JAN,1973)は、作曲家デュファイの楽曲の時間構成がブルネレスキの設計したフィレンツェ大聖堂のドームの比例を下敷きにしたのではないかという興味深い論文である。建築が音楽の比例を参照したという建築史の論文はたまにあるが、その逆は珍しい。音楽史家にはよく知られているが、なぜか建築史の分野では言及されない。議論がやや粗いから無視されているというよりも、存在が知られていないのだ。

●さまざまな分野で建築が論じられている
思いつくままに、他の文献も紹介しよう。フーコーが『監獄の誕生』でパノプティコンやヴェルサイユの動物園に注目したことは有名だが、同じ構造主義者として括られるボードリヤールも世界貿易センタービルやポンピドーセンターを論じているし、レヴィ・ストロースも集落の構造を分析していた。文化人類学者ピエール・ブルデューの『実践感覚』は、家屋の構造を論じている。ベンヤミンは『パサージュ論』のメモにおいて、建築史家のギーディオン、ゼードルマイヤー、カウフマンらの文章を引用し、近代の問題を考察していた。フロイトやユングの精神分析でも、建築や都市が参照されている。宗教学者エリアーデの各著作や音楽学者マリー・シェーファーの『世界の調律』は、空間論にも示唆を与えるだろう。美術史家のゴンブリッジはパラッツォ・デル・テ論を書いている。文化人類学の今福龍太は『クレオール主義』でヴァナキュラー建築を論じた。小説家では、カミュが『太陽の讃歌』でル・コルビュジエに、ドフトエスキーが『地下室の手記』でクリスタル・パレスに、ウィリアム・ギブソンのSFがフラーに触れているのも興味深い。

●乱読あるのみ。偶然が必然を導く
こうした本は狙いすまして、出会うわけではない。乱読あるのみだ。偶然が大きい。しかし、それだけに嬉しい驚きも味わえる。ジョン・ケージは、作曲の技法に偶然性を導入した現代音楽家だが、辞書をひくと、musicとmushroomが隣に並んでいたから、キノコの研究もはじめたという。ただ、無数の性別をもつキノコは、古典的な音楽を解体する彼の音楽とどこか似ている。偶然が必然を導くこともあるかもしれない。

以前、筆者は『建築の書物/都市の書物』というブックガイドの編者になり、20世紀の書物100冊を選んだことがある。各本のレビューには数冊のリンクをはり、さらに巻末には50のキーワードに対応する1000の参考文献を挙げた。同書で紹介したのは、純粋な建築の本ばかりではない。100冊に対しては、「西洋近代」「都市」「批評」など、10の横断的なカテゴリーを掲げたが、そのうち3つの「芸術」「文学」「思想」は、谷崎潤一郎『陰翳礼讃』やロラン・バルト『表象の帝国』など、いわゆる建築書ではなく、前述したような違うジャンルの本を含む。1000の参考文献でも、科学論や技術論など、建築以外の本を積極的に入れている。いろいろな視点から、もっと多くの建築に関連する本が読まれるべきだと考えたからだ。

●図書館の分類にも横断性の可能性が
横断的な読書は本の分類にも問題を投げかけるだろう。古谷誠章による「せんだいメディアテーク」の落選案は、全国の図書館が使う体系的な整理番号に従って本を書架に入れることを拒否し、館内の好きな場所に返却してよいシステムを提案していた。その結果、ある特定の本が好きな人が読みそうな本が自然に集まる。例えば、ジャンルは違っていても、磯崎新と柄谷行人の本が隣あわせになるという風に。誰もが平等に使う公共の図書館なら、問題かもしれない。初めて訪れた人にはきわめて使いにくいからだ。しかし、考えてみれば、個人の本棚では、こうした事態がしばしば発生している。そして、携帯可能な本のナビゲーション・システムが発展すれば、将来、古谷案も実現可能になるかもしれない。

美術館の展示も、通常はルネサンスやオランダ絵画など、時代や地域で分類される。だが、最近、開館したロンドンのテートモダンは、「歴史/記憶/社会」や「裸体/行動/身体」など、4つのキーワードで作品を分類し、時代や地域を横断する展示を行う。他にも、1951年に制作された作品だけを集めたり、垂直性を共通項としてジャコメッティやバーネット・ニューマンの作品を並べた部屋がある。小さな企画展が集合したようなものだ。

●ネットだからこその強み
こうした横断性は、むしろネットの空間に適合するかもしれない。そこで筆者は、建築書店である南洋堂のオンライン・ブックストアのために、独自のキーワードによる分類を作成した。例えば、「FORMALISM/フォルマリスム」では、クリストファー・アレグザンダーとジャック・デリダを入れている。その際、上位から下位までのカテゴリーの階層化は行なわない。辞書風にA To Zのアルファベットの順番を使いながら、キーワードを並列的に挙げていく。もっとも、この辞書は整然としたものではない。重複や偏りもある。むしろ、ボルヘスの物語に登場する、ある中国の百科事典に近いかもしれない。それは非論理的な分類を行い、逆に「正しい」分類はユートピア的な追求だと示唆するかのようだ。このキーワードによる分類は、必ずしも固定化されない。それは紙媒体ではなく、ネット上でやる強みでもある。キーワードが増減したり、統合したり、本の場所も変わるかもしれない。これは本棚のように変化し、成長するだろう。

五十嵐 太郎(いがらし・たろう)
(『すまいろん』02年夏号転載)

参考図書リスト (「*」が付いているものは図書室で所蔵しています)

編著者名 タイトル 出版者 出版年
*五十嵐太郎 Readings:1 建築の書物/都市の書物 INAX出版 1999
*五十嵐太郎 WEAVING THE CITY AS INTER-TEXT〜都市=テクスト論から都市テクスト=論へ 『建築文化』、彰国社 1996/02
*五十嵐太郎 90年代の建築/都市計画の文献をめぐって 『10+1』19号、INAX出版 2000
五十嵐太郎 建築の未来を考えるための10冊 『インターコミュニケーション』33号、NTT出版 2000
五十嵐太郎 建築と書物のコロネード オンラインブックストア bk1