住について考えるための基本図書 9
住まいの思想 −性差(ジェンダー)から空間を読む

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編著者名 書名 発行所 発行年
*N. Leach Rethinking architecture Routledge 1997
S. Torre(ed) Women in American architecture Whitney Library of Design 1977
Profiles Pioneering Women Architectures from Finland Museum of Finnish Architecture 1983
*K. K. Sklar Catharine beecher - a study in American domesticity Yale Univ. Press 1973
*S. H. Boutelle Julia Morgan architect Abbeville Press 1995
*D・ハイデン(野口美智子 他訳) 家事大革命 勁草書房 1985
*D・ハイデン(野口美智子 他訳) アメリカン・ドリームの再構築 勁草書房 1991
D. Hayden Seven American utopias The MlT Press 1976
*D. Hayden The power of places The MlT Press 1995
*R. Gilroyand, R. Woods(ed) Housing women Routledge 1994
*OECD Women in the city - housing,services,and the urban environment OECD 1995
*J. Attfield, P. Kirkham(ed) A view from the interior - feminism, women and design The Woman's Press 1989
*M. Roberts Living in a man-made world Routledge 1991
*D. Spain Gendered space Univ. of North Carolina Press 1992
G・ポロッグ、R・パーカー(萩原弘子 訳) 女・アート・イデオロギー 新水社 1992
*B. Colomina(ed) Sexuality & space Princeton Architectural Press 1992
*D. Fausch(ed) Architecture - infashion Princeton Architectural Press 1994
J. Bloomer(ed) Any number4 - architecture and feminine mop-up work   1994
*D・アグレスト(大島哲蔵 訳) 圏外からの建築 鹿島出版会 1995
*D. Agrest(ed) The sex of architecture Harry N. Abrams 1996
*D. McCorqudale(ed) Desiring practies - architecture, gender and the interdisciplinary Black Dog 1996
*M. Wigley White wall The MIT Press 1996
*A. Betsky Building sex William Morrow and Company 1995
*D. Coleman(ed) Architecture and feminism The MIT Press 1997
*J. Sanders(ed) Stud - architectures of masculinity Princeton Architectural Press 1996
*K・ヴィンセント ゲイ・スタディーズ 青土社 1997

●序
住むことと思想の関係でいえば、まさにその両者の分裂ゆえに20世紀の居住を批判し、詩的に住まうことにこそ実存の基本原理を認めたハイデッガーがひとつの極を示すだろう。そして彼のまわりには散りばめられた星座のごとく、さまざまな現象学的な住宅読解がある。今世紀の思想家による建築論はなかなか興味深いものが多いけれども、近年、こうした文献を集めるN・リーチ編のアンソロジーが刊行された。実は収録されたテクストのおよそ半分はすでに邦訳もされているが、一冊でモダニズムのアドルノからポストモダンのF・ジェイムソンまでを通覧できるので大変に便利な本である。そこで教科書的に住まいの思想を紹介するのは本書に任せるとして、ここでは住宅と少なからぬ関係をもち、特に現代思想も巻き込んで90年代に興隆しているジェンダー論に注目し、住総研図書室所蔵の本を中心に関連文献をひもといていくことにしたい。

●建築とジェンダー
巷によくある言い方として、女性は女性的な空間をつくるから男性はかなわないといいながら、無意識に性差を強固に守ろうとしているものや、20年以上前の認識で制度化されたフェミニズムを批判し、だからジェンダー論もつまらないという主張をときおり見掛ける。そもそもジェンダー論は必ずしもフェミニズムと同じものではないのだが、おそらく建築界ではこの辺の認識が混乱していると思われるので、周辺領域の動向も含めて簡単に整理しておこう(詳しくは、『建築文化』1997年7月号所収の拙稿を参照)。まず60年代は、社会運動における異議申し立ての時代だった(ウーマンリブの発端)。70年代は、美術史の分野における埋もれていた女性作家の発掘が行なわれ、建築も遅れてこれに続く。80年代は、建築・都市の分野における社会学的な研究が開始する。そして90年代は、表象の問題として現代思想を援用したセクシャリティ論が一斉に花開く。

●隠蔽されたジェンダー
最初は主に歴史学的アプローチによって建築史に記述されなかった女性建築家の研究と、展覧会や雑誌の特集によって現代の女性建築家を紹介するものをみよう。70年代のアメリカでは女性の建築家に関する展覧会が行なわれるようになったが、1977年の『アメリカ建築における女性』展はその最大のものとなろう。これに関連してS・トーレ編の包括的な研究書が刊行された。そして80年代には、AIAに初の女性メンバーが選ばれてからちょうど100年を記念して『例外的な人:アメリカ建築における女性1888年−1988年』展が巡回した(これは『SD』1990年6月号の特集「女性と住環境」で紹介された)。また1985年に創立したInternational Archive of Women in Architecture(IAWA)のホームページ http://spec.lib.vt.edu/IAWA/ も有益な情報を提供する。
アメリカの女性建築家史においては、C・ビーチャーとJ・モーガンの二人が重要な存在と考えられるが、それぞれにまとまったモノグラフがある。19世紀に生きた前者は、ピューリタン的な思想の影響を受けつつ女性のための理想的な住居を考案し、家庭を女性の聖域とするドメスティック・フェミニストだった。彼女の生涯についてはK・K・スクラールが詳細に研究している。一方、20世紀初頭に生きた後者は、女性初のボザール入学をはたし、住宅を中心に八百以上の作品を手がけた建築家として成功を収めた。彼女の生涯と作品については、S・H・ブーテルの本がその概要を伝えてくれる。ただ、現在からみれば、二人の先駆者には時代の限界が強く刻印されていたことも否めない。

●闘争のジェンダー論
次に社会学的アプローチによって女性の空間を研究し、ときには実践的な闘争の場へ向かうものをみよう。この分野で精力的な活動を続けているのが、D・ハイデンである。彼女はマテリアル・フェミニストの系譜をたどりながらアメリカ住宅史を再読したり、都市におけるマイノリティの記憶を再生させる研究とプログラム"THE POWER OF PLACE"をすすめている。かつて彼女が19世紀の宗教ユートピアを研究したのも、それがもうひとつの男女のあり方についての実験場であったからにほかならない。
80年代はハウジングにおけるジェンダーの問題が議論されるが、そうした流れをふまえて"Housing Women"や、都市政策における女性の位置を考察する"Women in the City"が刊行された。言うまでもなく、ジェンダーは生物的な男女を示すのではなく、社会的に生産される性差のことだが、これと空間の関係を扱うものとして次の文献があげられる。建築を含むデザイン史における女性の地位を考察する"A View from the Interior"、女性と住宅設計の関係を論じる"Living in a Man-made World"、そして建築計画における空間の性差を歴史的に読む"Gendered Spaces"などだ。

●ジェンダーの解体へ
最後にジェンダー論のフロンティアをみよう。美術史の分野では、男性に対抗して女性の偉大な作家を探すことは、結局「偉大」なものを要する男性のディスクールに回収されるとして、すでにG・ポロックらの論は偉大さの概念そのものの解体に着手している。また建築の分野では、90年代に入り、B・コロミーナ編のアンソロジーを契機に表象の問題として学際的にセクシャリティと空間の関係を論じる傾向がすすむ。この延長線上でD・フォウシュ、J・ブルーマー、D・アグレスト、D・マックォルクオドール、M・ウィグリー、A・ベツキー、D・コールマンらによる刊行物が次々と出版されており、寄稿者の名前をみるだけでも日本に比べて、アメリカでは女性の論客がいかに多いかがうかがえる。
最近のジェンダー論で興味深いのは、フーコーやデリダなどの現代思想を援用しつつ脱構築的な議論を展開しているものだ。この彼方ではジェンダーの基盤を形成するまさに二項対立的な思考そのものが攻撃されることになろう。J・サンダースの編著によるアンソロジーでは、これまで女性性から再読することが多かったのに対し、男性性を軸に空間を読み解く。しかし、本書は単なるフェミニズムへの反動ではなく、同時にクィアーセオリー的な側面を初めて建築の領域で展開しようとした意欲作である。クィアとはノーマルとされる異性愛以外のセクシャリティを意味しており、こうした新しい視点によって男子トイレ論やクローゼット論、あるいはゲイの空間などが論じられるのだ。空間がいかに性的な問題を抱えているかは、K・ヴィンセントの著作でも触れられているが、筆者が編集協力する『10+1』14号(1998年)においても特集される予定なので、そちらを参照していただきたい。

五十嵐 太郎(いがらし・たろう)
(『すまいろん』98年夏号転載)