住について考えるための基本図書 21
日本近代住宅史

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編著者名 タイトル 出版者 出版年
*1 太田博太郎 住宅近代史−住宅と家具 雄山閣 1979
*2 内田青蔵 日本の近代住宅 鹿島出版会 1992
*3 内田青蔵 あめりか屋商品住宅 住まいの図書館出版局 1987
*4 大河直躬 住まいの人類学−日本庶民住居再考 平凡社 1986
*5 横山正・他 昭和住宅史(新建築臨時増刊号) 新建築社 1977
*6 藤森照信 昭和住宅物語−初期モダニズムからポストモダンまで23の住まいと建築 新建築社 1990
*7 布野修司 戦後建築論ノート 相模書房(相模選書) 1981
*8 大本圭野 「証言」日本の住宅政策 日本評論社 1991
*9 初田亨・大川三雄・藤谷陽悦 近代和風建築−伝統を超えた世界 建築知識 1992
*10 中川武 数寄屋の森:和風空間の見方・考え方 丸善 1995
*11 イザベラ・バード(高梨健吉 訳) 日本奥地紀行 平凡社(東洋文庫) 1973
12 今和次郎 日本の民家−田園生活者の住家 鈴木書店(再版:岩波書店(岩波文庫)) 1922(1989)
13 伊藤為吉 新式大工工法 丸善出版社 1935
*14 植田実 日本の現代住宅1970年代−Ontology fo house : Japan A.D.A Edita(GA houses4) 1978

※本文中の番号は上のリスト番号に対応

住宅というくくりは、美術館とか学校といったビルディング・タイプに比較して、関連するジャンルは広く、かつ初源的なイメージさえある。だから最近の成果を見てもわかるように、歴史的な住まい(原始の住居も含む)の発見、ジャンルの開拓によって、建築史そのものが塗り替えられることがあるのである。このような意味で住宅史は、建築史にぽっかりと開いただらしのないブラックホールである。
さてこのような対象を扱うときに、一冊の建築史が扱い得る領域は限られている。論としてまとめるためには、視点をできるかぎり研ぎ澄まさねばならない。よもや通史ともなると多様に見える現実をわずかなキーワードによってたちどころに整理しなくてはならない。そのような意味において、日本の住宅史もまず、他の建築史と同じく、平面計画や、細部様式から始まる。たとえば平面計画として総合化、実体化したときにこそ建築史が論じるべき地平が確保される。またそれによって他の建築種別との歴史的な比較や影響関係を考えることもできるからである。このような視点において日本の住宅史全般(ただし近世まで)をまとめたのが、「住について考えるための基本図書3」(執筆:伊藤毅、すまいろん97年冬号掲載)であった。
さてそこから除外されたのが、今回紹介すべき日本+近代の住宅史なのであるが、残念なことに通史的に一貫した書物が生まれているのか、筆者は寡聞にして知らない。伝統的住様式も根強く存在し、内外先進入り乱れいくつもの系譜が輻輳している近代以降の住まいの領域を、明瞭に限られた視点で書くことは、実は日本近代建築史を書くことより難しいからであろう。住宅は近代の領域でさえも、全歴史的過程を包含する遅延の産物なのである。
さてこのようなことからすれば、日本近代住宅史をいくばくかでも会得しようとするためには、必ず文献を複数読み、さまざまな住まいの流れが生きていることを理解することが、困難ではあるがやはり近道となるだろう。まず通史的な構えを持つ書物を紹介し、しだいに崩れて、とにかく日本近代の住まいの歴史的奥行きがビビッドに感じられる本をいくつか紹介させていただきたいと思う。

さて、日本建築史の通史をものした太田博太郎には、住宅の分野においても通史的な作業がいくつかある。なかでも彼が監修した『住宅近代史』1は、日本近代住宅史における端的な総括書である。彼の総括のほかに、当時の最前線がコンパクトにまとめられており、その基本的視点を修得するのに役立つであろう。太田において明瞭にされた近代化と洋風化との差異を筆頭として、和洋折衷、中廊下、文化住宅、工業化など、現代まで使われている基本用語の成り立ちがよくわかる。日本近代というくくり方がいかに不都合なものか、むしろ過去の時代との豊富な比較によって得られた簡明な視点を読み取りたい。
内田青蔵『日本の近代住宅』2も数少ない通史的な構えを持つ。ここで内田は先著『あめりか屋商品住宅』3での成果をもとに、太田の洋風化と近代化との区別をより微細な視点から覆そうとしている。ともすれば通俗的と揶揄されそうな(もうそんなことはないかもしれないけど)、大正期の中流住宅というマイナーなジャンルを駆使して、洋風化と近代化という二大ジャンルに陥らない事例から考えている。そこから導き出された通史的指標とは、「真壁」と「大壁」という構法によるマトリックスであった。見えにくいものを白日にさらそうとする意識は貴重である。住宅を見る視点には、マトリックスという複数同時性が有効であることもよくわかる。太田以後の視点として、大河直躬の『住まいの人類学−日本庶民住居再考』4も重要である。従来の建築史が表現できなかった住宅平面におけるダブル・コードを解明し、それによって近代まで続く庶民住宅の連続性を解剖する様は、スリリングである。
昭和におけるモダニズムの興隆は、さらに複雑な系譜を日本近代の住宅に植え付けたが、それを建築史的抽象性とは異なったビビッドな記法によってまとめたのが、横山正監修『昭和住宅史』(新建築臨時増刊)5と藤森照信『昭和住宅物語』6である。住宅作家による作品の分析から、その背景を探るいわゆる評論形式なのであるが、取材の質量(見えない部分を含む)において抜きん出ている。住宅における人間の総合性と時代との関連がよく表現されている。前者は入手困難であるが、再刊すべきだろう。また布野修司『戦後建築論ノート』7はとほんど戦後住宅史といっても過言ではなく、第一次資料が丁寧に紹介されているので、研究者には必須であろう。また戦前を見据えた戦後以降の住宅政策については大本圭野『「証言」日本の住宅政策』8が力作である。
また近代における和風住宅の系譜については初田亨、大川三雄、藤谷陽悦による『近代和風建築』9が、深く掘り下げた各論を展開している。また数寄屋についての通史的構えを持つ本として中川武監修『数寄屋の森:和風空間の見方・考え方』10がある。近代数寄屋を思想、構法、素材など複数の面から紹介している。

さて照準を逆にまわして、明治から現在に至る住まいの第一次資料として、筆者が個人的に感動した書物を挙げる。イザベラ・バード『日本奥地紀行』11は明治10年代の東北、北海道を旅したイギリス人女性の紀行文である。当時外国人による同様の著作は多数あるが、なかでもこれは地域的希少性、冷徹な視点によって描かれていて、不思議にすんなりと読める。モースの名著と双璧をなす。今和次郎『日本の民家』12は、大正期に民家の普遍的な姿を著した書物である。建築史的には乗り越えられているという評価もあるが、建築史的に読まなければよいだけの話である。伊藤為吉『新式大工工法』13は発明家伊藤が彼流の耐震家屋と近代的住宅生産様式の追求をめざして、宣伝もかねて出版したものである。生涯在野であった彼の大風呂敷とそれに見合うだけの科学的ビジョンを味わおう。古書店で見つけたら即購入。『日本の現代住宅1970年代−ONTOLOGY OF HOUSE : JAPAN』14は日本近代住宅において最も特筆すべき時代の一つである1970年代の小住宅の運動が、余すところなくパッケージングされている。植田実の最も優れた編集作品の一つだと思う。

中谷 礼仁(なかたに・のりひと)
(『すまいろん』01年夏号転載)