住について考えるための基本図書 16
西洋の住宅を考える −思想・歴史・解剖

紹介図書 リスト (「*」が付いているものは図書室所蔵)

編著者名 タイトル 出版者 出版年
*Y・F・トゥアン(阿部一 訳) 個人空間の誕生 −食卓・家屋・劇場・世界 せりか書房 1993
*アンソニー・ヴィドラー(大島哲蔵、道家洋 訳) 不気味な建築 鹿島出版会 1998
*J・リクワート(黒石いずみ 訳) アダムの家 −建築の原型とその展開 鹿島出版会 1995
*N・ショウナワー(三村浩史 監訳) 世界の住まい6000年 3−西洋の都市住居 彰国社 1985
*M・M・フォーレイ(八木幸二 他訳) 絵で見る住宅様式史 鹿島出版会 1981
*レスター・ウォーカー(小野木重勝 訳) 図説 アメリカの住宅 −丸太小屋からポストモダンまで 三省堂 1988
*M&A・ポーター(宮内セ 訳) 絵でみるイギリス人の住まい 1・2巻 相模書房 1984/1985
*川島宙次 絵で見るヨーロッパの民家 相模書房 1987
*S・カンタクシーノ ヨーロッパの住宅建築 鹿島出版会 1970
*太田邦夫 東ヨーロッパの木造建築 −架構形式の比較研究 相模書房 1988
*太田邦夫 ヨーロッパの木造住宅 駸々堂 1992
*(一部所蔵) L'architecture rurale Francaise Berger-levrault  
  Das deutshe burgerhaus Verlag ernst wasmuth tubingen  
*Carlos Flores(ed) Arquitectura popular Espanola 1-5 Aguilar 1978-86
*鈴木博之 ジェントルマンの文化 −建築から見た英国 日本経済新聞社 1982
N・ペブスナー(鈴木博之 訳) 美術・建築・デザインの研究 1・2巻 鹿島出版会 1980
*H・ブラウン(小野悦子 訳) 英国建築物語 晶文社 1980
*M・ジルアード(森静子 訳) 英国のカントリー・ハウス −貴族の生活と建築の歴史 上・下(住まい学大系026・027) 住まいの図書館出版局 1989
*A・クワイニー(花里俊廣 訳) ハウスの歴史・ホームの物語 −イギリス住宅の原型とスタイル 上・下(住まい学大系067・068) 住まいの図書館出版局 1995
* ブリティッシュ・スタイル170年 西武美術館 1987
*片木篤 イギリスの郊外住宅 −中流階級のユートピア(住まい学大系009) 住まいの図書館出版局 1987
R・フィッシュマン(小池和子 訳) ブルジョワ・ユートピア −郊外住宅地の盛衰 勁草書房 1990
*R・W・ブランスキル(片野博 訳) イングランドの民家 井上書院 1985
*J・M・ベーカー(戸谷英世 訳) アメリカン・ハウス・スタイル −コンサイスガイド HICPM研究所 1997
*八木幸二、田中厚子 アメリカ木造住宅の旅(建築探訪3) 丸善 1992
*V・スカーリー(長尾重武 訳) アメリカ住宅論 鹿島出版会 1978
*奥出直人 アメリカンホームの文化史 −生活・私有・消費のメカニズム(住まい学大系018) 住まいの図書館出版局 1988
*A. J. Downing The architecture of country houses Dover 1968
*K. C. Stevenson Houses by mail - a guide to houses from Sears, Roebuck and company The preservation press 1986
*D・ハイデン(野口美智子 他訳) 家事大革命 −アメリカの住宅、近隣、都市におけるフェミニスト・デザインの歴史 勁草書房 1985
*S・ギーディオン(GK研究所 他訳) 機械化の文化史 −ものいわぬものの歴史 鹿島出版会 1977
*A・フォーティ(高島平吾 訳) 欲望のオブジェ −デザインと社会1750-1980 鹿島出版会 1992
*N・アリエス(波田節夫、吉田正勝 訳) 宮廷社会 法政大学出版局 1981
*J・ヴィガレロ(見市雅俊 訳) 清潔になる<私>−身体管理の文化誌 同文舘 1994
*P・ディビ(松浪未知世 訳) 寝室の文化史 青土社 1990
*R・H・ゲラン(大矢ヤスタカ 訳) トイレの文化史 筑摩書房 1987
*モリー・ハリスン(小林祐子 訳) 台所の文化史 法政大学出版局 1993
M. Eleb Architectures de la vie privee AAM editions 1989
M. Eleb Urbanite,sociabilite et intimite. Des logements d'aujourd'huiy Les editions de l'epure 1997

●西洋の思想と住宅
住宅は最も人間に接近したビルディングタイプである。当然、住宅は人間の身体や精神に大きな影響を及ぼすだろう。Y・F・トゥアンは、西洋において住宅の内面が重視された時代に精神分析家は登場し、フロイトの考えた自我の構造に中産階級の家が反映していると指摘した。なるほど、地下の貯蔵室はエス、居間は自我、屋根裏部屋は超自我に対応するし、ユングも家の垂直方向の断面を意識の階層と重ね合わせている。バシュラールも地下室の非合理性と屋根の合理性を対比する。とすれば、住宅が精神の構造に似ているから両者が符号するのではなく、むしろ住宅をメタファーとして精神の構造が想像されているのではないか。フロイトと建築史家のヴィドラーも「不気味なもの」の概念を考察しつつ、気楽な(HEIMLICH)家の内部にこそ不気味な(UNHEIMLICH)場所が現れるとみなした。これも壁の奥に塗り込められた秘密の部屋があると感じさせる西洋の家屋構造に由来するかもしれない。人類学的なアプローチはしばしば家屋に投影された共同体のコスモロジーを読むが、こうした精神分析と住宅の交差も興味深いものだ。
古代ローマのウィトルウィウスやルネサンス期のアルベルティなどの主要な建築書をひもとけば、とりあえず各時代の建築家による住宅像を知ることができる。それらには実証性を伴わない原始の小屋についての記述が散見されるが、逆にジョセフ・リクワートのメタヒストリー『アダムの家』は、ロージエやル・コルビュジエらを含むこうした起源の家をたどりながら、各時代の建築観を分析した。過去の住宅への想像力が未来の建築への推進力になったからである。以下に西洋の住宅史を扱う書物を紹介するが、その数が多いために、モダニズム運動の後は外して日本語で読める文献を中心にしたい。

●ヨーロッパの住宅史
まずは大きな図版を特徴とする読みやすい入門書を幾つか挙げよう。全体の通史的なものとしては、『世界の住まい6000年 3 西洋の都市住居』や『絵で見る住宅様式史』など、国別では図解の特徴をいかした『絵でみるイギリス人の住まい』や、インディアンから宇宙(!)の住宅までを様式ごと解説した『図説 アメリカの住宅』などがある。そして川島宙次の『絵で見るヨーロッパの民家』が各国ごとに民家を紹介している。いずれもカタログ的に住宅史を眺めるのには便利な本である。
もちろん、各種の西洋建築の通史は住宅も含むが、どうしても最先端の技術や表現を駆使した宗教建築や公共施設の記述が多くなり、変化の少ない普通の家はあまり触れない傾向をもつ。S・カンタクシーノの『ヨーロッパの住宅建築』も、住宅の基本的な構成をメガロン型、中庭型、無計画成長型の3つに分類しているが、言及する対象は城と宮殿、別荘や大邸宅など裕福な人の住宅に偏っている。一方、太田邦夫の一連の著作『東ヨーロッパの木造建築』や『ヨーロッパの木造住宅』は、架構形式に注目し、木造の住宅を紹介するが、東欧に詳しく、しかも民家や農家などの普通の住宅を豊富に取り上げている。有名な1666年のロンドン大火などの被害の大きさから、近世以降の法律改正により都市部の木造住宅は激減し、石造や煉瓦造の建物に代わった。しかし、小屋組を木造にする習慣は強く残っている。なお、住総研図書室は、バナキュラーな住宅を記録した"L'ARCHITECTURE RURALE FRANCAISE" , "DAS DEUTSHE BURGERHAUS" , "ARQUITECTURA POPULAR ESPANOLA"などのシリーズを揃えている。

●イギリスとアメリカ
ここではイギリスとアメリカの住宅史を見よう。鈴木博之とN.ペブスナーの著作は、パラディオの影響、ゴシック・リバイバル、労働者階級の住宅など、様々なテーマからイギリスの住宅文化を考察する。M・ジルアードの『英国のカントリーハウス』は、大陸からの古典主義の影響を分析しながら、生活様式の変化とカントリーハウスの関係を考察した。これが地方の上流階級の邸宅を扱うのに対し、A・クワイニーの『ハウスの歴史、ホームの物語』は、庶民の都市住宅史であり、土地・法律・建設をめぐる制度を軸にしてテラスハウスの誕生、スラムの対策、労働者住宅の問題などを論じている。『ブリティッシュ・スタイル170年』展のカタログも、19世紀以降の住宅史を理解するのに役立つ。また片木篤の『イギリスの郊外住宅』は、近代に登場した中産階級の理想の住宅探求から田園都市運動に結実する流れを追う。そしてR・フィッシュマンは、イギリスからフランス、アメリカに展開した郊外住宅地という近代的な問題の行方を考察する。
アメリカの場合、『アメリカン・ハウス・スタイル』など、図解の概説書が幾つか存在する。V・スカーリーは、アメリカ的住宅様式としてシングルスタイルを定義して現代建築への連続性を指摘したが、ル・コルビュジエ派攻撃という政治的な意図をもつ。奥出直人の『アメリカンホームの文化史』は消費社会との関係からアメリカンドリームの象徴として住宅を読む。アメリカの住宅は、ヨーロッパの影響を受けながら、生産の合理性を追求し、やがて大量消費文化に組み込んだ。例えば、よく知られたA・J・ダウニングの建築書は、19世紀後半にアメリカ的なゴシック風住宅と郊外生活の神話を流布させた。20世紀初頭のメールオーダーハウスのカタログ的な資料としては、"HOUSES BY MAIL"がある。一方、D・ハイデンはフェミニズム的な視点から資本主義が生産する空間的な性差を批判しつつ、それに代わる家事と住宅のモデル探求の歴史を描く。

●住宅の解剖学
住宅は生活の器である。ゆえに、もっと微視的に人間の動作と直接的に関わる住宅の装置も考えるべきではないか。これは住宅の各部分をばらばらに解体し、内側から住宅を見なおす作業となる。デザイン史では、ギーディオンやフォーティの研究が洗濯機や調理機など、家庭の機械化とデザインの社会的な意味を論じた。建築以外では、「子供」の歴史を研究したP・アリエスを含むアナール学派や、室内における日常の行為を分析した社会学者ノルベルト・エリアスらの視点が興味深い。これらに影響を受けた歴史学の本を幾つか紹介しよう。
『トイレの文化史』は、自由放尿や穴あき椅子の使用など、いわゆるトイレが室内に設置される以前の状況を描く。『清潔になる<私>』は、1880年代のアパルトマンへの浴室の導入など、入浴習慣の変化と空間の関係を分析する。両者ともに各時代の衛生観を示すものだが、同時にプライベート/パブリックの境界線を確定する試みといえよう。『寝室の文化史』はベッドをめぐる空間史として読めるし、やはり個人主義やプライバシーの概念と無関係ではありえない。『台所の文化史』も日常空間を考察する。こうした態度を建築側にフィードバックした研究としては、M・エレブらの"ARCHITECTURES DE LA VIE PRIVEE"などがある(最近は有名建築家による現代集合住宅も分析した)。住宅は必ずしも固定した装置の集合体ではない。時代によって装置の組合せは様々に変換した。そして21世紀の情報革命も家庭製品の大きな変革をもたらすだろう。

五十嵐 太郎(いがらし・たろう)
(『すまいろん』00年春号転載)