住について考えるための基本図書 12
高齢者居住の本

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編著者名 書名 発行所 発行年
*穂積陳重 隠居論 第2版 日本経済評論社 1978
P・タウンゼント 居宅老人の生活と親族網 垣内出版 1974
*竹田亘 民俗慣行としての隠居に関する研究 未来社 1964
*S・ゴールドスミス 身体障害者のための生活環境設計 人間と技術社 1974
*イギリス政府 編 老人のための居住空間 学芸出版社 1981
*青山道夫 他編 家族問題と社会保障(講座・家族7) 弘文堂 1974
日本建築学会 編 ハンディキャップ者配慮の設計手引 彰国社 1981
*日本建築学会 編 ハンディキャップ者配慮の住宅計画 彰国社 1984
*日本建築学会 編 ハンディキャップ者配慮の設計資料 彰国社 1986
*外山義 クリッパンの老人たち −スウェーデンの高齢者ケア ドメス出版 1990
*社会保障研究所 編 住宅政策と社会保障 東京大学出版会 1990
*S・ティベイ 編著 スウェーデンの住環境計画 鹿島出版会 1996
*U・コーヘン、G・P・ワイズマン 老人性痴呆症のための環境デザイン −症状緩和と介護をたすける生活空間づくりの指針と手法 彰国社 1995
*折茂肇 他編 新老年学 東京大学出版会 1992
*在塚礼子 老人・家族・住まい −やわらかな住宅計画(住まい学大系050) 住まいの図書館出版局 1992
*高齢者のすまいづくりシステム研究会 日本のハウスアダプテーション 一般財団法人住総研 1993
*延藤安弘 ハウジングは鍋もののように −集住体デザイン 丸善 1996
*小谷部育子 コレクティブハウジングの勧め 丸善 1997

いい住宅や住宅地に高齢者の視点が含まれているのと同様に、居住に関する基本的な本は「高齢者居住の本」でもあるはずだが、ここではそれは広すぎるとらえ方だろう。高齢者居住に関する基本図書、と問われて、改めて「基本図書」の意味を考える。「高齢者居住−高齢者が住むことや住む場−について考える基本的視点を与えてくれる図書」としよう。高齢者施設や高齢者住宅についてではなく、高齢者居住について広くとらえることのできる本を選ぶことにしよう。必ずしも現在の計画や設計に直接役立つ解答や最新の情報は得られなくとも、できれば、時代を経ても変わらないこと、がとらえられるよう。

まだ、高齢化社会という概念はおろか、老人問題という語さえなかった時代に、時の大法学者、穂積陳重によって『隠居論』は書かれた。人類社会における高齢者の存在について、また人生における老いについて、古今東西を視野に入れて論じ、「老人権は社会権である」と、高齢者への社会的対応のあり方を説いた。まさに世界的にみて、老年学の先駆けにして古典である。その初版からは一世紀を経て、その後の研究成果が集大成された『新老年学』を対比的に挙げておく。医学分野に重点を置き、高齢者居住にかかわる幅広い関連分野の基本視点を伝えるが、各論ごとの知識であって、近代化とともに細分化された学問の現況も教えてくれる。
『隠居論』はしかし、期待に反して、居住慣行としての隠居にはほとんど言及してくれていない。その点を批判して、全国の隠居慣行をとりあげ、それを論じた竹田亘の『民俗慣行としての隠居に関する研究』は、居住のありようが、いかに生活の諸側面とかかわりながら地域ごとに多様であったかを伝えてくれる。隠居が家族と深く関わった社会保障の姿であったとすれば、現代の家族生活の諸側面と社会保障との関係について論じたのが、青山道夫編『講座・家族7 家族問題と社会保障』で、住宅についてもわずかに言及されている。日本における居住の問題の根本に、住宅政策が社会保障として充分に位置づけられていないことがあげられる。社会保障研究所編『住宅政策と社会保障』は両者を結び付けて論じた希少の本である。
また、P・タウンゼント『居宅老人の生活と親族網』は、現代西欧社会においてもなお、老人と家族が密接に関わりながら生活していることを明らかにして在宅福祉主義の根拠を示した本である。とくに印象深いのは一人ひとりの老人の生活と内面がとらえられていることだが、それは老人が住むそれぞれの住まいの様子から描き始められている。

さてこの辺で、より高齢者居住に視点を絞ろう。視点の一つは老化への対応−これは建築的対応とケアサービスによる対応がある、もう一つは、一つめのことと別のことではないが、家族や近隣の人びととともにいかに住むか、ということであろう。
今や、高齢者居住と聞くと、多くの人がバリアフリーの語を思い浮かべる時代となった。その原点は、S・ゴールドスミスの『身体障害者のための生活環境設計』であり、この中の図も、また、ここで車椅子利用者が中心的に扱われたことも、現在のいわゆるバリアフリーに継承されている。
『老人のための居住空間』は、五冊のイギリス政府刊行物をまとめて翻訳されたもの。老人の特性とそれを踏まえた住宅設計について示すだけでなく、それらが適用された最初のシェルタードハウジングの事例報告もあり、イギリスの"住み方調査"ぶりや、できたものを検証して次の計画に活かすあり方が示唆的である。
日本での高齢者に関する建築計画研究が最初の段階を終え、その成果がまとめられたのが、日本建築学会ハンディキャップト小委員会による三部作『ハンディキャップ者配慮の設計手引』『ハンディキャップ者配慮の住宅計画』『ハンディキャップ者配慮の設計資料』で、高齢者はまず、障害者とともにハンディキャップを持つ人としてとらえられたことがわかる。
これに対して、外山義『クリッパンの老人たち −スウェーデンの高齢者ケア』は、一人ひとりの老人の生活に住まいとケアが深く関わる姿を描き、先進国スウェーデンにおける住まいとケアサービスの多様なあり方の全体像を明示した。S・ティベイ編著『スウェーデンの住環境計画』は、この背景として、住環境の研究と計画と政策がいかに結びつき、一般のなかに高齢者が含まれて、理にかなった進展をとげてきたかを伝える基本図書である。
新たな課題に関する本として、まず、U・コーヘン&G・P・ワイズマンの『老人性痴呆症のための環境デザイン −症状緩和と介護をたすける生活空間づくりの指針と手法』は、老人性痴呆症に対象を絞りながら、内容的には、より広く高齢者にとっての建築環境−施設と住宅を含む−の意味と関わりについての基本的視点を与えてくれる。次に、高齢者のすまいづくりシステム研究会『日本のハウスアダプテーション』は、近年盛んな住宅改造についての一冊。住まいのバリアフリーはこのような個別の対応のシステムなしには成立しない。

大変あつかましいが、家族との関わりを視野に入れたものが少ないので、在塚礼子『老人・家族・住まい −やわらかな住宅計画』をとりあげる。高齢者と家族の時間的変化への対応を計画課題とし、自ら「住む」ためのやわらかな住宅計画について論じている。
最後に、「エコロジー/建築・都市」という名のシリーズから二冊。延藤安弘『ハウジングは鍋もののように −集住体デザイン』と小谷部育子『コレクティブハウジングの勧め』からは、住むことに主体的に関わって集まって住む住み方の中に、家族だけでなく、近隣の人びととともに住む高齢者居住の視点を読み取ることができる。高齢者居住を考えることとエコロジーを考えることは、ともに住むということを通してひとつながりで、そこに将来の可能性を見る思いがするのだが、実は1世紀前の『隠居論』にいう老人権もまた、広い意味のコーポラティブの理念に基づいていたことがあらためて想起される。

在塚 礼子(ありづか・れいこ)
(『すまいろん』99年春号転載)