蔵書探訪・蔵書自慢 16
 
(財)都市計画協会所蔵「石川文庫」


 千代田区紀尾井町にある都市計画協会。都市計画に関連する諸問題の調査研究とその知識の普及を,昭和21年に後藤新平を初代会長として迎えたとき以来,ずっと行ってきた組織である。そして,この協会の建物の2階には図書室がある。
 この図書室には,都市計画に関する法令や規則のほか,都市や建築,土木に関連する新しい書籍,雑誌などがびっしりと本棚に並べられている。その上,快適な読書環境もあり,都市計画について調べるにあたっては,この図書室以上に適した場所はなかなかないだろう。
 さらに,図書室奥の書庫には,戦後の東京の再建を記録した『戦災復興誌』や,都市計画協会の前身である都市計画研究会の時代に発行が開始された,わが国初の都市計画の専門誌である『都市公論』など,わが国の都市計画の変遷について,長年にわたって記述されてきた資料が多く所蔵されている。
 今回紹介する石川文庫もこの書庫の一角を占めるものであり,その歴史的価値や一冊一冊の重厚感から,書庫に並ぶ数々の有用な書籍の中でもひときわ大きな存在感を放っている。
 この石川文庫を紹介するにあたっては,まず,石川栄耀博士の紹介から入るのがよいと思われる。博士は文庫の名前にもあるように,この石川文庫設立のきっかけとなった人物であるからだ。

土木から都市計画へ転じた石川栄耀博士
 石川栄耀博士は山形県に生まれ,東京大学(当時東京帝国大学)土木工学科を卒業した後,都市計画の世界に身を投じた都市計画家である。まだ当時は土木出身者が都市計画をやるのは珍しいとされていた時代であったが,博士の業績は日本の都市計画界においてそれは輝かしいものである。都市計画法制時には,愛知県都市計画地方委員会技師として名古屋市発展の基礎を築き,また,敗戦後には空襲により瓦礫の山と化した東京都の建築局長として,その戦災復興計画の立案にも尽力した。残念なことに,この東京の復興計画は結局ほとんど実現しなかったが,それでもこの立案における博士の考え方が,今日の東京の都市計画になお影響を及ぼしているのは間違いないだろう。博士の構想をつづった著書である『日本國土計画論』は都市計画界,土木界にまたがって名著とされている。また,博士は田園都市の設計者であるレイモンド・アンウィンとの交流も持っており,その業績には多分にアンウィンの影響を受けたものがあるといわれている。

石川文庫の開設
 そんな石川栄耀博士が亡くなった後,その業績を称えるため都市計画協会内に石川栄耀博士記念事業委員会が設置され,博士の遺族からの寄付で石川文庫基金(100万円)が設けられた。この基金で開設されたのが石川文庫であり,以来,毎年世界各国の都市計画に関する書籍が購入されてきた。またその趣旨に賛同された方からの書籍の寄贈も多く,このように石川文庫は博士を取り巻く人びとと,その業績に魅せられた人びとの協力から成り立っている。現在は書籍の購入はなされていないが,それでもなお,収集された名著の数々は現代の都市計画を考える上で参考になるものばかりである。
 所蔵されている書籍は英,独,仏語で書かれているものがほとんどであり,アメリカやイギリス,フランスなどの欧米諸国から,シンガポールや韓国といったアジア諸国まで,世界各国の都市計画に関するものがある。刊行年次が古いものが多い(特に1950〜1970年代が多い)ため,最新の理論とはいえないものの,世界各国の都市計画の変遷について調べるにはもってこいのものばかりである。その内容も,都市計画全般にわたるものから,土地利用,交通,景観,住宅,環境,さらには都市における生活に至るまで,幅広いものがそろっている。以下,代表的なものをいくつか紹介しよう。
 まず,都市計画全般に関して書かれたものとしては,アメリカについて『American City Planning』(Scott, Mel, 1969),イギリスについては『The City London』(Burrow, Ed. J. & Co., 1975),『London : the Unique City』(Rasmussen, Steen Eiler,1967)などがあり,土地利用に関しては『Land-Use Planning -A Casebook on the Use Misuse, and Re-use of Urban Land』 (1958),特にアメリカについて『Land Uses in American Cities』(Bartholomew, Harland, 1955)などがある。
 また,交通に関するものでは『Better transportation for your city Public Administration Service』(National Committee Urban Transportation 米1958),『L’ Autoroute Dans La Ville』(Magnan,Rene,仏1971),『Verkehr und Stadtebau』(Leibbrand, K., 独1964)などが,住宅に関するものでは,『Cities and Housing -The Spacial Pattern of Urban Residential Land Use』(Muth, Richard F., 英・米1969), 『Apartment Building Standards』(Central Morgage and Housing Corporation),環境に関するものでは『Environmental Conservation』(Dasmann, Raymond F., 米1965),『Environment et equipements urbains』(Leblace-Bazou, E et al, 仏1971)などがある。
 この他にも,シンガポールの1960年代の都市計画年鑑や,スウェーデンの都市計画に関する書籍なども所蔵されており,幅広く利用できる文庫となっている。
 これら石川文庫の所蔵は,現在約850冊にものぼる。もっとも,文庫の整理が行われており,同時に作成された「石川文庫 洋書目録」があるため,どのような書籍があるのか著者名別,図書名別に分かるようになっており,利便性は高くなっている。
 また,図書室では今後も,石川文庫だけでなく,書庫にある書籍の整理や新しい書籍,雑誌などの収集を図り,都市計画の調査研究にあたって書籍へのアクセスが容易になるよう努めていく予定だ。都市計画について資料をお探しの方はぜひ立ち寄って,利用していただきたい。




財団法人都市計画協会図書室
所在地:東京都千代田区紀尾井町3-32 都市計画会館内
電話:03-3262-3491
URL:http://www.tokeikyou.or.jp/

ご利用にあたっては,利用規定等をお確かめください。

渡辺 哲広 (わたなべ・てつひろ)
(「すまいろん」08年冬号転載)