住について考えるための基本図書 3
住宅史の本



紹介図書 リスト (「*」が付いているものは図書室所蔵)

編著者名書名発行所発行年
*太田博太郎 日本建築史序説 増補第二版 彰国社 1989
*名古屋工業大学建築学科 編 日本住宅史文献目録(単行本編) 大龍堂 1984
*太田博太郎 図説日本住宅史 新訂 彰国社 1971
*太田博太郎 日本住宅史の研究(日本建築史論集U) 岩波書店 1984
*平井聖 日本住宅の歴史(NHKブッグス) 日本放送出版協会 1974
*福山敏男 住宅建築の研究(福山敏男著作集5) 中央公論美術出版 1984
*太田静六 寝殿造の研究 吉川弘文館 1987
*玉腰芳夫 古代日本のすまい ナカニシヤ出版 1980
*木村徳国 上代語にもとづく日本建築史の研究 中央公論美術出版 1988
*川上貢 日本中世住宅の研究 墨水書房 1968
*伊藤鄭爾 中世住居史 東京大学出版会 1958
*野口徹 中世京都の町屋 東京大学出版会 1988
*堀口捨己 書院造りと数寄屋造りの研究 鹿島出版会 1978
*太田博太郎 編 書院T・U(日本建築史基礎資料集成16・17) 中央公論美術出版 1971・1974
*太田博太郎 編 民家(日本建築史基礎資料集成21) 中央公論美術出版 1976
*藤岡通夫 書院T・U 創元社 1969
*平井聖 日本の近世住宅(SD選書030) 鹿島出版会 1968
*斉藤英俊 桂離宮(名宝日本の美術21) 小学館 1982
*伊藤ていじ 民家は生きてきた 美術出版社 1963
*吉田靖他 編 日本の民家(全8巻) 学習研究社 1980〜1981
*小寺武久 民家と町並(名宝日本の美術25) 小学館 1984
*大河直躬 住まいの人類学 平凡社 1986


 建築史の分野で,住宅史研究の蓄積は膨大で,しかも広範にわたる。住宅史は寺社建築史や茶室建築史,都市史などとも密接に関係し,研究方法上からも建築史学の基底部分を形成してきた。ここでは誌面も限られているので,思い切って発掘と密接に関わる先史時代と,近代建築史のなかで捉えた方がよいと思われる近代以降の住宅を除外し,古代から近世までの住宅史を知るうえで,最低限の図書を紹介することにしたい。

●文献目録
 住宅史の従来までの研究状況を手っ取り早く知るには,文献・論文目録や専門の研究者による研究史などを繙くのが一番だ。
 太田博太郎『日本建築史序説 増補第二版』の巻末には,最近までの主要な文献や論文が増補され,住宅史に限らず日本建築史の全般的な入門書の定本。日本住宅史の文献目録としては,名古屋工業大学建築学科編『日本住宅史文献目録(単行本編)』がある。研究史を通覧したものに,『日本近代建築学発達史』の該当部分,大和智『学界展望 -日本住宅史』(『建築史学』三号,1984年),宮沢智士「学界展望 -民家」(同前)などがある。

●概説・通史
 日本住宅の歴史を通史として叙述したものは,意外に少ない。太田博太郎『図説日本住宅史』(新訂),同『日本住宅史の研究』(日本建築史論集U),平井聖『日本住宅の歴史』などがある。
 太田は,日本住宅のルーツに高床式と竪穴式の二系統を想定し,それぞれ後の支配者層の住宅と被支配者層の民家へ展開すると考える。また,支配者層の住宅様式を古代寝殿造と中世・近世書院造の二大様式で理解し,その推移のメルクマールを接客空間の独立に求める。これに対して,平井は日本住宅は床をもたない竪穴式を起源とするとし,住宅様式については生活形態・婚姻制度・機能などを総合的に捉え,古代寝殿造と近世書院造の間に中世主殿造を立てている。このように両者の住宅史理解の違いは少なくない。
 通史を叙述することは,時代区分,様式理解などを含む住宅史全体への立場と構想を明確化することが要求されるだけに,論著の数もそう多くはならない。

●古代住宅史
 法隆寺論争を経て,戦後の実証的な建築史研究の一つの潮流をかたちづくったのが,住宅史の分野であった。住宅は寺院建築などとは異なり,古代の遺構はほとんど失われており,文献から当時の平面を復元することに力が注がれる。
 太田静六は,裏松固禅などの江戸時代の故実書を参照しながら,貴族の日記類を渉猟し,東三条殿をはじめとする古代貴族住宅の平面の復元案を次々と発表した。これらを集大成したものが『寝殿造の研究』である。この業績は古代住宅史の金字塔と呼ぶに相応しいものであるが,太田の儀式(機能)−平面という把握は,いかにも近代的な方法といえる。その点で,玉腰芳夫『古代日本のすまい』や木村徳国『上代語にもとづく日本建築史の研究』などは,太田と異なる方法で住宅の場所性や意味論を考えた貴重な成果であった。

●中世住宅史
 中世住宅史の基本図書としては,まず川上貢『日本中世住宅の研究』と伊藤鄭爾『中世住宅史』の二著を挙げるのが妥当だろう。
 前者は貴族・武家・寺家の住宅平面とその変化を明らかにし,ハレとケという空間概念を導入しながら,中世という時代を古代寝殿造から近世書院造への移行期であることを実証したもの。後者は,庶民住宅の中世的状況を限られた史料を博捜することによって明らかにする。いずれも,いまなお研究史上の第一線の位置に留まっていることは驚くべきことだ。論文に引用された史料の多さと徹底した史料批判は,両著の史料データベース的性格を示しており,それが研究書としての息の長さを支えている。
 中世はまた都市住宅としての町屋が成立する時期でもある。町屋の形成過程について,絵画史料と土地関係史料を使って魅力的な仮設を提示したものに,野口徹『中世京都の町屋』がある。これは都市史的視点からの住宅史という新たな方法を開示するものでもあった。

●近世住宅史
 近世は書院造と民家の時代である。遺構も少なからず残存しているため,遺構と史料をつき合わせた研究が可能となる。
 まず,国宝・重要文化財に指定されたもののうち,住宅史上重要な遺構については,従来の研究史を踏まえた詳細な解説と図面を集成した『日本建築史基礎資料集成』(書院T・U,民家)が基本図書となる。書院造の文献的なアプローチとしては,平井聖『日本の近世住宅』があり,書院造の成立を一殿舎が一機能に対応する17世紀後半とする。数寄屋風書院については,中近世を見通した堀口捨己の先駆的研究『書院造りと数寄屋造りの研究』があり,書院造に草庵茶室の意匠が導入されたというのが通説であった。それに対して斉藤英俊『桂離宮』は,数寄屋風書院に草庵風書院と綺麗座敷の二様式があるという魅力的な新説を提案とする。
 民家については,昭和40年代以降文化庁による全国の緊急民家調査が実施され,復元と編年にもとづく詳細なデータが報告書として刊行された。全国の重要な民家を総覧したものとして,『日本の民家』(全8巻)が便利である。

 以上は,住宅史研究のほんの一部を紹介したに過ぎない。これらは多少のニュアンスの違いはあれ,住宅の変遷を平面と機能から発展段階的に説明するという方法から大きく抜け出てはいない。
 こうした伝統的な住宅史の方法に対して,近年新しいアプローチも徐々に登場してきた。実証史学の名のもとに切り捨てられた近世の故実書,抹殺された「武家造」なども新たな観点から再評価されつつある。都市史的観点からみた住宅史の書き換えも重要だ。こうした新たな研究の潮流は,やがて次代の基本図書の資格を獲得してゆくことになろう。

伊藤 毅(いとう・たけし)

(『すまいろん』97年冬号転載)