階の部屋で仕事をしていた時よりも良くなったと語る。 こうした働く場所と住む場所の関係は特に個人や少人数によって制作を行う場合は重要である。住むことと働くことが生活の中でシームレスにつながっており,時には混ざり合うことによってどちらかに軋轢が伴う場合も少なくない。コロナ禍においてそうしたことが表面化したことは言うまでもないが,こうした問題は住宅の内部だけでなく,広く都市の問題でもある。都市という場所は働く場所と住む場所を用途ごとに分けてきた歴史があり,現在の日本の都市構造においても,都市に住む場所を集中させその周縁部を生活の拠点が取り囲んでいる。こうして職住は分離し,我々の生活は交通網によって結ばれたのである。しかし,コロナや時代の変化によって我々の働き方は大きく変わりつつある。働く場所と住む場所が近接もしくは一体化しているのである。であれば,もう一度私たちは働く場所と生活を行う場所の在り方を再考する必要がある。こうしたことは既に様々な状況で要求されており,私たちの実践と地続きである。3.2 インタビューのまとめ及び「家」の価値の分析 上記では分野横断的なインタビューで得られた知見や課題を明らかにしたが,私たちはそうしたアーティストから研究者まで様々な異なるバックグラウンドを持った人々によって「引越し」及び「移動」における共通の見解も明らかになったのではないかと考えている。その一つとして,家の領域の拡張とそれに伴う運営制度の問題が挙げられる。 URGの黒坂さんはコロナ禍に自身の拠点を東京から千葉に移動し,交通手段として車の購入,郊外と都心をつなぐように生活を行うことで自身の領域を拡大している実践者であった。彼らはアーテイストとしても活動しているため,周りのアーティストや日々制作を行う人々が都心に活動の拠点をもたず,郊外にいながら都心で展示を行ったり,SNSを活用して自身の活動を多くの人と共有することが可能になっていると制作と場所の関係を指摘した。 大橋のインタビューでは,大橋がジョン・アーリーを参照にしながら,「引越し」を「移動」という概念の一部として捉え,我々の環境変化における人やモノの移動がバーチャルな空間にまで侵食していることを指摘した。文化人類学者の堀田はモンゴルの研究を通して,移動しながら生活を営む文化の中で育まれた拠点や領域の作られ方,考え方が自然との折り合いの中で決定されていることや,そうした生活を送る上で共に運営し,暮らすことの重要性を指摘した。 滝口はコロナ禍における職住一体の暮らし方の実践者として課題を共有し,これからの社会の中で「家」が住むための場所だけでない可能性について再考した。 時代が進むにつれてインターネットを通じて,生まれつつある自身の拠点や領域の拡大は,私たちが今まで抱いていた「家」の領域が単なる現実空間から仮想空間を含めたより広義の意味で扱われていることを示している。そして,現実の空間においても私たちは以■堀田あゆみ モンゴルを専門に研究する文化人類学者である堀田にインタビューを行った。インタビューでは,ゲル内部に置かれるモノや空間の変化について伺いながら,モンゴル人独特のモノに対する考え方を日本人との違いを交えながら議論された。他にも,ゲルがどのように移動をし生活を営んでいるか,さらにはそうした定住しない生活の応用可能性を考察した。 このインタビューで初めに注目したいのは,共営世帯という考え方である。共営世帯というのは、同じ場所に宿営してお互いの家畜の群れを統合して一緒に管理するパートナー世帯のことで、季節移動ごとにメンバーが変わっていく世帯の在り方である。相手を選ぶ基準が設けられていて,労働力や家畜数によって判断される。例えば,もうすぐ結婚する娘や息子がいる場合、彼らに家畜の分与をする必要あり,その数を700や800頭へと増やしていく。しかし、800頭を持っている世帯と、他の800頭を持っている世帯が共営世帯になった場合,周辺の草が直ちになくなってしまう。そこで,家畜が多い世帯は少ない世帯と組もうとするが,少ない方としては多い世帯と組む場合,家畜の世話の共同を強いられ手間が増えてしまう。こうした様々な条件を折り合いながら季節毎に組む世帯が決定される仕組みをモンゴルの遊牧民は持っている。 2章では工房付きアパートメントの共用棟の運営の課題を指摘したが,共営世帯の仕組みはこうした場所の運営方法としても十分応用可能である。つまり,ある特定の人が運営や管理に関わり続けるのではなく,その都度状況によってその場所を共同で管理していく人を変更しても良いのではないか。とりわけ,今回の実践のように関わる人数が多い場合はそうした方法が有効であると考えられるが,継続的な話し合いが必要であったり,責任の所在がわかりづらくなるなど新たな問題が生じる可能性を孕んでいる。■滝口悠生 滝口は小説家である。インタビューでは,空間や人の記述の仕方を含む小説を書く上での表現について,普段の生活や小説の執筆活動を行う場所など働く場所と住む場所の関係性を伺った。 今回のインタビューでは,滝口は家族を含め職業柄,自宅で作業を行うことが多く,職住近接の環境の中でいくつかの気付きを与えていただいた,そうした事から「家」で働くことの可能性を考える。 滝口は小説を書く場合,書き進められている時は場所を選ばないが、書きはじめの時期や書きあぐねているような時は場所がとても重要であるとのこと。コロナ禍によって家族が家で仕事をすることが増え,自分の仕事する部屋を移り,以前仕事していた1階の部屋を妻に明け渡し、本を詰め込んでいた2階の部屋を仕事場とした。その場所は,机に向かうと窓が目の前に来る環境になっていて、すごく良かった。今は隣が小学校で、前に住んでいた家では近くに中学校があり、窓を開けておくと学校の音が聞こえてくる、環境が似た状態で偶然仕事をすることが出来ていて、それは1
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