出産や進学といった場所の移動の中に喜びや希望ともなう形だけでなく,自然災害や家庭環境の悪化などやむを得ない残酷なケースも多くあるということが彼らの経験として語られた。次に,彼らが過ごした団地での生活やそこから郊外へ引越しを行ったことについてインタビューが進んだ。 URGのメンバーの黒坂はコロナ禍に東京から地元の近い千葉県へと引っ越し,車を購入。移動が電車から車へと変わっていたと話す。さらに,そこでの生活は車が中心となり,公共的な場所での人との触れ合いが少なく、知らない人に対しての不信感が強いため,郊外は居心地がいいと語った。つまり,こうした引越しが引き起こした移動方法の変化が,人との付き合い方まで変えたのである。 メンバーの石毛は団地内の引越しに関して,ある地域に集合した団地には,都営・賃貸・分譲と言ったように団地内にヒエラルキーが存在しているとし,団地内での移動はその世帯の直接的なヒエラルキーと結びついていると述べている。こうした団地内のヒエラルキーは学校やゴミ捨て場など地域内の多様なレイヤーのなかに潜み,生活やコミュニティなど多方面に影響を及ぼした。 最後にアーティストと制作場所について述べられた。まず大前提として、日頃から作品を発表するそのメディアによって変わってくるという。例えば、黒坂のメディアは絵、垂水は映像インスタレーション、石毛は彫刻と言ったように。ペインティングや彫刻は、スタジオがないと死活問題のため,広い場所を必要とし、郊外に行く事例が多い。彫刻も製作所を居抜きで借りる場合が多く,そうした場所に偏る。こうしたことを踏まえると,制作場所を都内に持つことのメリットは多くないことが伺える。■大橋香奈 大橋香奈は人びとの「移動」の経験に関する、映像エスノグラフィーの研究者である。インタビューでは,彼女がどういった方法で移動について研究を行っているのか,研究活動の中で制作された「移動する家族」について伺った。そして最後に,引越しについて自身の経験を交えて話を聞いた。 彼女は元々親族の関係上,多くの移動を繰り返す環境の中で育った。こうした環境のなか,在学中に取り組んだフィールドワークをきっかけに映像エスノグラフィーを用いた研究に取り組み,世界の国々を調査,映像で記録をし,それを基に多くの人と議論を重ねてきた。彼女の研究活動の中で,特にリファレンスとして挙げられていたのが,社会学者のジョン・アーリが書いた「モビリティーズ–移動の社会学」である。この書籍では「移動」について5つの要素があると述べられている。 1つ目︓身体的な移動。仕事や休暇や、家族のケア などの家庭を成り立たせるための移動から、 楽しみのための移動、移住や逃亡といった 2つ目︓商品やお土産、贈り物といったモノの移動。 3つ目︓メディアに登場するイメージを通して行 われる、想像による移動。 4つ目︓バーチャルな移動。 5つ目︓コミュニケーションのために行われてい る様々な通信を介した移動。 彼女はこのコロナ禍において4つ目のバーチャルな移動に注目した研究を行った。コロナ禍で身体的な移動が制限された結果として、「あつまれどうぶつの森」をやる人が増加し、ステイホームしている間にゲームというバーチャル空間のなかに,自身のホーム(=拠点)を作る人がいた。研究としてはそのゲームのユーザーに自身のホームを案内してもらい,彼女がゲーム上でフィールドワークを行うというものである。 興味深いのは,コロナ禍において移動が制限され人々が自身の活動の場を現実世界からバーチャルの世界へと移動していったことである。こうした世界では,現実の世界同様に友人のホームを訪ねたり,普段マンション住んでいる人が庭を欲しがり,ゲーム上には大きな庭を作ったりしていたのである。さらには,友人が自分のホームに訪ねてくる際,まるで現実世界の自分の家のようにゲーム上の家を片付けるような人も居たと言うことは非常に興味深い内容である。つまり,移動が制限された私たちは自身の領域を現実世界から仮想世界へと拡張していき,その世界にも現実世界での振る舞いや身体性が保存されていたのである。 最後には大橋自身の引越しの体験も含めて,移動に伴うホーム(=自分の場所)をどのように立ち上げるのかについて話し合われた。彼女自身も20回以上の引越しを経験し、多くの移動の中で,彼女もホームについて考えたことがあったと言う。フィンランドに住んでいたとき,3年間常に持ち続けていたものを記録していた。結果的にはジーパン,スニーカー等の履きやすいものや、iPadとパソコン、あとは日本製の竹の耳かき、お箸と海外対応の炊飯器で、ものとしては全然持ち歩いてなかったそうだ。彼女はそうした状況を振り返り,パソコンやiPadが象徴ししているように人間関係を持ち歩いていたと話した。 こうした彼女の研究や体験からもわかるようにインターネットが加速的に進む現代において,「家」の価値が大きく変わりつつある。インターネットの普及は離れている人同士の繋がりを生み,時には仮想空間でのコミュニケーションも可能にしている。仮想と現実という二項対立の関係ではなく,互いの領域が曖昧になり,そうした二項間を行き来しながら,時に混ざり合う関係性へと変わってきている。こうした変化は我々が「家」と見なす領域の拡張であると考えられる。 上記のように,社会環境の変容によって生まれた新しい移動は我々の住まいや生活を従来の定住し,その地域における村社会的なコミュニティに属する在り方から身軽な移動が可能で,様々なコミュニティを自己選択できる新たな在り方への変化を示唆している。
元のページ ../index.html#8