建築分野以外の 専門家・芸術家へ「引越し」をテーマにインタビューを行ない,実践へとフィードバックした。 以上の一連の活動を通じて,パンデミックによって 起きている様々な社会環境の変化によって生じた移動を「引越し」を切り口に建築以外の分野の方々と議論し得られた知見を実践へと反映し、課題や展望を開示することが本実践研究の目的である。既存長屋(改修前)1. 実践活動の背景と目的 本実践研究の背景にはコロナウイルスによる働き方や住まい方等の社会環境の変化と,全国の空き家の増加がある。こうした社会環境の変化は現在進行形であり,迅速な対応が求められるが,空き家に関しては有効的な活用方法は具体的に示されていない。 加えて,空き家の数は年々増加傾向にあり,平成30年度時点で全国に846万戸を越えている。その他にも,空き家を改修するための費用の不足や管理体制の不備等が指摘されている。 こうした状況に重なるようにして,世界中ではコロナウイルスによるパンデミックが始まり,日本では2020年に初めての感染者が確認されて以降,今日に至るまで感染者は確認され続けている。我々の生活はそれ以前のものとは大きく異なり,働き方や住まい方,移動方法,共同体の在り方など多岐に渡り,影響を受け続けている。とりわけ,働き方の変化における「家」の役割の変化は顕著である。コロナ以前ではオフィスに集まり働くことが主流であったが,コロナ禍においてそうしたことが難しくなり,テレワークが増加した。仮にパンデミックが収束したとしても,こうしたテレワークをはじめとする新しい働き方と生活のサイクルは一つの習慣として私たちの社会生活に根付くと考えられる。こうした働き方の変化は我々の働く場所と住まう場所を近接させるもしくは,一体化することで,働く場所が都市への一極集中から郊外地域へと移動している事例のように住まう場所の移動も引き起こしている。 実際に,神奈川県海老名市に設計した工房付きアパートメントでは,空き家であった既存長屋を改修し,都心から住まいを移動し,都市では利用できない広々とした工房で製作を行なっているアーティストもいる。そこで,こうした社会的な環境の変化における移動,つまり「引越し」を改修計画及び実践のコンセプトとして掲げた。 そして,設計・運営・改善のためのリサーチとして2. 工房付きアパートメントについて まず初めに,私たちが今回設計を行なった建物に関する設計概要や運営方法を含む竣工後の活動を明らかにし,郊外地域における職住の近接した暮らしにどういった課題があり,知見が得られたのかを明確化する。2.1 建物概要及び設計方法 設計の概要を簡単にまとめる。今回私たちが改修の設計を行なった建物は,2021年2月に竣工した,工房付きアパートメントである。敷地は神奈川県海老名市で,都心から車で1時間30分ほどでアクセス可能な郊外に位置する。7棟の長屋のうち2棟を共用棟として工房にし,4棟はアパートメント,1棟は改修前の住民の棟として改修を行なった(図2-1)。 次に設計方法を示す。既存建物は,平成の初めにハウスメーカーによってつくられた7棟が連なる長屋形式の集合住宅であった。一見,均質な長屋が並ぶ単調な空間であったが,そうした中にも幾つかの過去の生活の痕跡を確認することができた。例えば,庭に放置されたBBQセットであったり,壁にできたシミであったり,ゴミ捨て場の覚書であったりとそれらは通常の建築設計で見逃されてしまいそうなモノたちである。建築竣工時の形だけでなく,そこに住む人の物語が残された生活の痕跡によって建築の場所性が変化していくこと。普段,建築の竣工後は住民の生活がつくる痕跡を取り扱うことは難しいが,私たちはこの変化に着目することで,生活によって生まれる痕跡が建築の形にフィードバックを与えるような,建築の形とそこで営まれる生活との新しい関係を作ることができないだろうかと考え設計を始めた。 まず初めに,私たちが今回設計を行なった建物に関する設計概要や運営方法を含む竣工後の活動を明らかにし,郊外地域における職住の近接した暮らしにどういった課題があり,知見が得られたのかを明確化する。
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