2022実践研究報告集No.2028
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 「この布団の下からくる遠赤外線のような熱,頭と手を動かして試行錯誤でたどり着き,彼らとともに作り上げたこの熱。生き物の熱,菌たちが活動してる命の熱,プラスのエネルギー,太陽光を浴びているような皮膚感覚,エアコンやガスストーブでは絶対に感じられない。温床の体積全体が熱を発している不思議。温床から落ち葉を一枚取り出してみても、それは冷たい。しかし全体で暖かい。まったく神秘。吉野弘の詩に出てくる『他者の総和』という言葉を思い出す。彼ら菌たちは,それぞれの個が個として熱を発しているというよりも,他者の総和として発熱している。」 筆者の体温と,落ち葉の土着菌の活動による発熱が合わさり,布団の中が高温に保たれていた。この,菌たちと共同作業をしているような感覚が何とも言えず嬉しく,人間の体も,彼らと同じ発熱機関であると筆者には感じられた。 しかし問題は,この温度がどれほど持続するか,また仮に温度が下がったとして,再び上昇させる方法はあるのか,という点である。⑱2月10日14時︓55.8℃ 札幌在住のアーティスト,マユンキキ氏が訪ねてきて「朴の実」をふたつ差し入れてくれた。 夜,見学にきた二人組とともに,朴の実のお茶を飲んだ。房ごと直火で炙り,お湯の中へ入れて煮出す。ミントのような香りで,体が暖まった。このテントで暮らしていると,訪ねてきた人と「体を暖めるためにはどうしたらいいか」という会話が自然に生まれる。 翌11日にも見学に来た客との会話で「昔の石炭ストーブみたいに,落ち葉入れ替え式の温床ストーブがつくれるのでは」という話題が出た。暖房を手作りするということを通して,他人とのコミュニケーションが自然に行えるというのは,思いがけない発見であった。⑲2月13日14時︓46.8℃ 温床の温度は徐々に下がっているが、生活という歓びを噛みしめるために作業は行わず,読書をした。⑳2月14日14時︓41.1℃,23時︓45.8℃ 温度が下がってきたので,切り返して空気を入れることにした。作業を始めた10時46分時点の温度は43.8℃であった。布団を畳んで奥に押しやり,温床の手前1/3ほどのビニールシートを剥がし,温床の木枠の壁に,既にあけていたものと合わせて13箇所の穴を開けた。そこへ先日と同じように金属パイプを挿し入れ,ハンマーで叩いて奥まで差し込み,ぐりぐりと動かして中をかき混ぜた。12時ごろに作業は終了した。その後20時12分の時点で,温床内は温度46.1℃まで上がっていた。かき混ぜることで内部に新鮮な酸素が入ったことが功を奏したと思われる。㉑2月16日14時︓37.3℃ 10時半,再び酸素を供給するため,今度は切り返すのではなくパイプを挿しふいごを取り付け,五箇所の穴から空気を入れてみた。作業開始時は38.9℃だったが11時40分には38℃に下がっていた。冷たい空気を入れたせいで下がってしまったものと思われる。この後も温度が上がることはなかった。この時点で,ベッドを作ってから9日経っている。一度の切り返しで9日間は38度以上が保たれた。しかしふいごで空気を入れるだけでは温度の上昇は見込めないようであった。やはり切り返しが一番効果的なものと思われる。㉒2月18日23時︓24.4℃ 居住期間最終日。すっかり温度は下がってしまった。しかし横になった際の,背中と腰のあたりはまだ体温よりも暖かかった。4.3 《広告看板の家 札幌》のまとめ 1)振り返れば本実践は,限られた期間のなかで最初に仕込んだ際に上昇した温床の温度をいかに持続させるかという試行錯誤の連続であった。また「体を暖める」という,誰もがそれぞれに日々実践している共通の目的があれば,初対面の人間同士でもコミュニケーションがとれるという側面を発見できたのは思いがけない収穫であった。 2)プロジェクト実施後の落ち葉を,畑の肥料として使いたいという人に譲ることができたのも良い点であった。落ち葉はいわば,毎年収穫できる暖房の原料なので,ただ収集してごみ焼却場で燃やすだけでなく,暖房として活用できるという可能性を,見学に来た人々と共有することができた。 3)来客者数︓46名 4)メディア露出︓読売新聞北海道支局から取材を受け2月9日付の新聞に記事が掲載された。https://www.yomiuri.co.jp/national/20220209-OYT1T50034/ 反省点1)当初は寝室内の空間全体の暖房をつくることを想定していたが,外気温の低さに対してビニールシートだけでは断熱が追いつかず,結果的に布団を暖めるだけの床暖房のようなものになってしまった。3.3で述べたような法規的な問題はあったが,もうすこし断熱性能の高い構法もしくは素材を考えるべきであった。  反省点2)下がり始めた温度を再び上げるためには,温床に鍬を入れて切り返すことが最も有効であることがわかった。もっと頻繁にこの作業を行えばもう少し高温を持続させることができたかもしれないが,本実践は同時に「展覧会」としての体を成していたため,来客の対応や,日記を書くなどの作業に追われ,純粋な作業時間としては1日数時間しかとれない日々が続いてしまった。温床の内部を外から掻き回せるような,簡易に切り返しができる装置を事前に制作しておくべきであった。 反省点3)既存のインフラに頼らない暖房を作ることを目標としながらも,本実践では温床の仕込みに必要な水を得るために水道水を使っていた。雪を溶かして水を得るような装置を制作していればこの矛盾は解決できたかもしれないが,6週間という限られた時間の中では用意することができなかった。

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