2018実践研究報告集NO.1724
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6月に南側隣地の方から敷地境界の庭木を切ってほしいと苦情があった。また西側隣地の方からも要望があった。笠井氏は近所とのトラブルや煩わしいことにならないようにと考えるようになった。不動産屋の臼井さんの話では、所有者は6月頃は笠井邸の処分を進めて行くことにも理解があったが、8月に入り近隣から庭のことで苦情が更に強くなったことから、早く対応したいと考えるようになった。以前に笠井邸を見学された方も、購入するにはかなりの修繕費用もかかると費用的なことが問題になっていた。今後のスケジュールとして所有者は自身で庭木を処分するつもりで9月8日に臼井さんが所有者と会って今後についての話し合いをし、その際に資産運用の提案として以下の内容を伝える計画があることがわかった。その内容とは「建物をすべて解体して更地にし、住宅会社が定期借地として借り上げ、アパートを2棟(10戸)建設する。その場合所有者は地代として約6万円/月の収入が見込める。」というものである。建築家チームで検討した結果、とても納得できるものではないため、柳田(筆者)が札幌等で手掛けたコーポラティブ住宅の経験から、笠井邸は敷地が広いので、建物を残しつつ半分の土地を処分し、新たに3戸ほどの住宅(笠井邸の景観に調和するもの)を建てるコーポラティブ住宅的なプロジェクトとしての事業計画が構想できそうであると提案した。笠井邸については土地の半分を処分した資金で修復し、所有はそのままにして賃貸でのカフェや住宅として再利用するという計画である。相談した結果、大いに可能性がありそうだとなり、「笠井邸をつなぐ会」として所有者になげかけてみようとなった。また遠藤新の研究者として有名な南迫哲也氏(工学院大名誉教授)から、ぜひ建物を見たいというメールもいただいた。なお、南側の庭木の処理は急務で、所有者の同意が必要で遠藤現さんにも9月9日に岐阜にきてもらい、笠井邸の見学と所有者に会っていただく事も決まった。●9月4日台風で暗転事態は一気に暗転する。9月4日12時頃徳島県南部に上陸した台風21号は、岐阜県にも台風の強風域がかかり始めた4日昼過ぎから風が強まり始める。午後3時39分、岐阜市は最大瞬間風速39,3メートルを記録する強風に見舞われる。その強風は笠井邸に過酷な試練をもたらすことになった。翌日、笠井邸の2階の屋根の一部が飛ばされ、雨が室内まで濡らしているとのメールを受け、唖然とする。とりあえず、不動産仲介の臼井さんは2階屋根の一部にブルーシートをかける応急の手当てをするとともに、東京の所有者に連絡する。状況は一変したが、所有者は9月7日に来岐し、庭の近隣からの苦情に加え、今回の台風による建物の被害を知り、所有者は建物の全面解体もやむなしの意向を固めたそうだ。所有者に建物保存策としてのコーポラティブ住宅の構想を提案する機会も失われた。●9月8日対策検討会議2臼井、多田、柳田、堀の4人が集まった。臼井さんから所有者との話を聞くとともに、今回の被害での建物の修復費用に2千万円ほどかかるため、万事窮す、解体やむなしを了承せざるを得なくなる。笠井邸のある場所は、市街電車の高富線沿線に開発された1932~36年にかけて施行された長良土地区画整理組合の一画にある。満州やベルリンで活躍し、杉原千畝とも交流のあった元外交官の住む住宅は広い敷地にライトの弟子の建築家の設計で建てられた。戦後の復興期に、岐阜での新しい住まいの理想を目指したような、まぶしいような輝きを放つ住宅であった。この住宅が岐阜市の住文化の歴史からみて、金華伊奈波地区にこの住宅が岐阜市の住文化の歴史からみて、金華伊奈波地区に残る江戸明治期に建てられた町家に匹敵する歴史的価値をもつものと思えてくる。この住宅の運命は無情であった。台風による被害という自然災害が引き金にはなったが、すでに所有者が建物と土地の処分の方針を抱いていた。その処分の方針も、建物の維持管理の煩わしさというものが主であった。歴史的建造物の保存問題が生じた時、多くのケースは建物の取り壊しの方針がすでにあり、その見直しを求め保存運動を展開する場合が多いが、今回の場合もそのケースであった。ただ、今回のケースでは敷地面積が広く、立地や環境の割には地価が安い(全面道路の幅が狭いため)という条件から、半分ほどの敷地を処分し、当該建物を保存しながら環境に調和するコーポラティブ住宅をつくるという事業計画を構想することができた。その構想を所有者に持ちかけようとした矢先に台風21号の襲来により建物が大きな被害を受けることになった。結果、所有者が建物の除却を進めることになったが、もし事業計画を実現できていれば非常に面白い保存活用事業が岐阜市に誕生し、住宅での暮らしの楽しみをつくる大変いい機会になったと思われる。やはり根本には所有者の思い、建物への愛情が必要であると思わざるを得ない。実践3.賃貸木造戸建ての耐震改修・温熱環境改修による建物価値増大の実験築年数50~60年以上の賃貸木造戸建て住宅での改修で未着手領域として浮上してきたのが、空き家(居住借家を含む)の耐震改修・温熱改修を伴う活用である。所有物件でも耐震改修(温熱改修も含む)工事はコストもかかり、なかなか進まない状況で事例はほとんどなかった。確かに費用をかければ、相当のレベルでの改修が可能なことは技術的にはわかってきている。図3-1耐震診断報告書内容は以下の通りである。

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