2018実践研究報告集NO.1720
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<研究主査>・菊地成朋九州大学大学院教授・工学博士<研究委員>・牛島朗山口大学助教・工学博士・天満類子広島工業大学助教・人間環境学博士・赤田心太九州大学大学院博士後期過程<研究協力者>・齋藤雅弘九州大学大学院生:当時・丸山千尋九州大学大学院生:当時・永田航九州大学大学院生・三浪秀公九州大学大学院生・佐藤利昭九州大学大学院准教授・南部恭広九州大学大学院助教・窪寺弘顕九州大学技術専門職員*当実践研究報告普及版は『住総研研究論文集・実践研究報告集』No.45の抜粋版です。参考文献は報告集本書をご覧ください。6.今後に向けて6.1技術的な課題今回のプロジェクトの目的は,まず,われわれ素人に何がどこまでできるかを試すことであった。しかし,結局のところ専門家の支援なしにはまったく事業が進まなかった。とくに茅葺きの実践においては,単なる知識習得だけでなく,直接に実地指導を受けることが必須である。一方で,未経験者でも指導を受ければ一定の技術の習得が可能であり,実際の工事において戦力になりうることもわかった。素人が中心になって補修施工された屋根は,9ヶ月を過ぎた現段階でも,比較的に良好な状態を保っている。ちなみに,専門技術者に現地指導を受けた時間は,合計で4.5時間であった。もっとも,今回の工事は本来の葺き替えではなく部分的な補修であり,採用した工法も作業量も限定的である。本格的な葺き替えには高度な技術が伴うことから,今回以上に専門技術者の協力が必要となろう。今回は専門家の支援がボランタリー・ベースで行われたが,一般には経費として見込むべきものである。また,葺き替え工事には労働力も相当に必要で,はるかに多い人員と日数を確保しなければならない。今回は小規模な工事だったが,それでも作業量は決して少なくなかった。本格的な葺き替えに向けては,人材確保を含めた体制づくりも課題となる。また,事前準備,なかでも物件調査の重要性が再確認された。工事に入る前の作業がかなり多かった。特に老朽具合の把握が甘く,工事直前になってどのような方法を採用するかの再考を迫られた。補修は工法の選択に幅があり,それは建物の特性や傷み具合に左右される。このような取り組みでは,事前の詳しい調査にもとづく検討が欠かせない。6.2茅葺き保全への意識プロジェクトのもう1つの目的は,茅葺き民家の保全活動への理解を共有し広めることであった。参加型ワークショップを行なった意図もそこにある。ワークショップでの作業は僅かなものであったが,予想以上に参加者の理解と共感が得られた。都市住民の茅葺き民家に対する評価は高く,その保全についても取り組みによって意識を誘発できる可能性は十分にある。その際に,今回のような体験を取り入れることは有効であろう。また,茅葺き職人は,茅葺き民家およびその技術の持続に強い関心をもって仕事に取り組んでおり,このプロジェクトにも賛同と期待を示してくれた。ボランタリーに協力してくれたのも,茅葺きが失われる危機感がもとになっている。一方で,プロジェクトを通じて,地域住民の茅葺き民家に対する評価は,都市住民ほどには高くないように感じられた。地域住民,特に高齢者にとって茅葺き民家はそれまで普通にあったものであり,特別な存在ではない。そして,経験的にマイナスの側面もよく知っており,ワークショップでその認識が大きく変わるわけではない。茅葺き民家の価値やそれを保全する意義については,都市民の感覚の押し付けにならない説明が必要だろう。6.3 プロジェクトの今後今回の対象物件である「内ヶ原の家」は,存続が危ぶまれる状況にある。現時点で所有者は解体の意向を示しており,その第一の理由は「この負の遺産を子供の代に残したくない」というものである。プロジェクトメンバーで,資産的な対応も含め,残して活用する方策を検討しているが,妙案が見出せているわけではない。もうひとつの取り組みである茅場再生については,現在まさに進行中である。いずれにせよ,今後もこの茅葺きのプロジェクトを試行錯誤しながら続けていきたいと考えている。現在は,同様の茅葺きに関する取り組みが全国で取り組まれている注6)。そのうちのひとつ,岡部明子氏が取り組む「ゴンジロウプロジェクト」に菊地が参加した経験があり,それが今回の取り組みに大いに参考になった。茅葺き保全は難易度の高い課題であり,同様の取り組みを行う人々と問題を共有し,連携していくことが有効であると思われる。そのような情報やアイデアを共有するネットワークが形成されることを期待する。謝辞本プロジェクトに遂行にあたっては,「内ヶ原の家」所有者,内ヶ原集落の住民の方々に大いなるご理解とご協力をいただいた。また,茅葺き職人の方々には,技術や資材の提供を惜しみなくしていただいた。心より感謝申し上げる次第である。

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